「対戦相手は、自分たちがより良くなる為のギフトだ」フィル・ジャクソン氏も参考にしたPositive Coaching Allianceの哲学

Pine Ridge Agency, Young Man Afraid of His Horses and his tepee taken at, Jan.17, 1891 (Sioux). - NARA - 533072restoredh

前回までの投稿では、Positive Coaching Allianceのミッションや、課題認識、それに対してのアプローチ方法、彼らが提唱しているコーチング哲学から『The ELM Tree of Mastery(熟達達成の為のELMツリー)』を紹介した。

「自分がコントロール出来る事に焦点を当て、その他を遮断して視界に入れないようにしたとき、最高の結果を得る事が出来る」という考えについては、ニューヨーク・ヤンキースでも活躍をした松井秀喜選手なども語っていた事もあり、馴染み深い方も多いのではないだろうか。

関連事項として、2017年2月、「コーチングにおける卓越性の探求」をテーマとして日本体育大学で開催された第4回 NSSU Coach Developer Academy 国際シンポジウムでのエピソードを紹介したい。

「熟練コーチの特徴と特性」を議題に講演をしたポール・シェンプ( Paul Schempp:米国 ジョージア大学教育学部 教授 )氏は、卓越したコーチに共通する特性について、 性格特性(personality traits)、分析スキル(analytic skills)、意思決定戦術(decision making strategies)、コミュニケーション(communication)、 自己モニタリング(self-monitoring) の5項目に分類し、優れたコーチの特性について説明をした。

その中でも、問題解決における意思決定戦術(decision making strategies)について、卓越したコーチと、そうではないコーチの特性についての研究成果を「過去志向」と「未来志向」という言葉で分類。

前者は、問題の解決ではなく、自己正当化(問題の発生要因を、自分以外の外的な状況に紐づける)をする事で解決する思考のタイプ。後者は、解決に焦点を当てる考え方だ。 自分が置かれた状況の中で、問題や目標を定め、問題解決に影響を与える因子を見つけ出し、 それに対してアプローチ方法を考え、解決策を探すという思考だ。

その際に重要な事柄について、ポール・シェンプ氏は「コントロール出来ない事と、コントロール出来る事を見極めた上で、コントロール出来る事柄の中から、問題解決に影響を与える因子を見抜き、それに対してアプローチをする」事を、優れたコーチが共通して持つ特性として紹介していた。

本稿では、PCAの提唱する3つの基本哲学より、残りの2項目『Honoring the Game(試合への敬意)』『The Emotional Tank(感情タンクを満たす)』について、フィル・ジャクソン氏がPCAの書籍『The Power of Double-Goal Coaching』に寄せた序文や、著書『イレブンリングス 勝利の神髄』(翻訳:佐良土茂樹 ※GSL研究員)の中にある印象的なエピソードの紹介を通じて、読者の方へ新しい発見を提供する事を試みたい。

『Honoring the Game(試合への敬意)』-「対戦相手は、自分たちがより良くなる為のギフトだ(A worthy opponent is a gift.)」

『Honoring the Game(試合への敬意)』の根幹となる価値観はROOTSというフレーズに集約される。Rules(規則・ルール)、Opponents(対戦相手)、Officials(オフィシャル)、Teammates(チームメイト)、Self(自己)の頭文字であり、この5項目を尊重することで、試合への敬意を表すが実現され、成長を促すと提唱されている。

この哲学について、フィル・ジャクソンはどのように活用していたのか?

「The Power of Double-Goal Coaching」(邦題『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』の序文では、「この書籍はコーチにとって、競技性の高いスポーツに道徳的な面で優れた手段を用いつつも、選手たちからより良い結果を引き出す為に非常に実用的な書籍であるといえます。コーチたちがこうしたポジティブな形でのモチベーションを日常的に持ち続けると、チームのやる気は上がり、貪欲な選手が増えることが分かっています。」という前提の上で、下記のような言葉を寄せている。

私たちはPistonsの競争力を誇りに思い(讃え)、それを自分たちにとって良いように作用させる

 

具体的には、私たちのコーチ、親、そして選手たちはジムが提唱する「Honoring the Game」(試合を尊重する)為に必要な「ROOTS」の考え方を身につけなければなりません。

ROOTSとはすなわち、”Respect for the Rules”, “Opponents”, “Officials”, “Teammates”, そして “Self” のことです。そしてこの試合を尊重することは如何なるレベルのスポーツでも必要なことです。

私はこの相手を誇りに思うコンセプトが有効であると実感できた個人的な経験があります。1990年、私のChicago BullsはDetroit Pistons に3試合連続で敗北を喫していました。私たちはEastern Conference のプレイオフ試合で第1、第2、そして最終ラウンドまで負け続けました。

こういった状況で感じる虚しさのなかでは、Pistons “Bad Boys” に対して嫌悪感を抱く事は容易でした。

毎年、目に余るファウルやベンチを一掃するほどの取っ組み合いなどの衝突が起こり、結果として当時我々のチームで若きスター選手だった Scottie Pippen選手の脳震盪につながりました。

これによって、私たちは相手チームへ純粋な怒りを覚えましたが、これにより本能的に私たちのチームは一丸となり機能することができるようになったのです。

私はDakotas の Lakota から学んだいくつかの事を使ったのです。彼らには宿敵がCrowに居たのですが、彼らはそれを尊重し誇りに思うようにしていたのです。これは彼らがそれと戦う事は、勇敢さと狡猾さとチームワークを必要とさせるからでした。私はその考え方を使ってみたのです。その衝突は互いの強みを最大限引き出しました。

すなわち、Pistonsの様な身体的に強い相手との競争の中では、苛立ちや怒りを覚え虚しさに足掻くよりも、団結力ややる気、そして忍耐力とチームワークをもって相手と対峙することにしたのです。私たちはPistonsの競争力を誇りに思い(称え)、それを自分たちにとって良いように作用させることができ、NBA王者に6度輝くことができました。

ー「The Power of Double-Goal Coaching」(邦題『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』)に寄せた序文より

また、『イレブン・リングス 勝利の神髄』の中では、同じ時期の出来事を下記のように表現しています。

ラコタにとっては、敵も含めて、あらゆるモノが聖なる存在である。なぜなら、生きとし生ける全ては、根源的に繋がっていると信じているからだ。それがラコタが他の部族を征服しようとしない理由だ

https://twitter.com/BeforeFamePics/status/619502286772027392

シーズンが進んでいくに従って、私はゆっくりとラコタ族の習慣をチームに紹介し始めた。そのいくつかは非常に些細なものだった。毎回の練習の初めに、チームの中核ーー選手たちとコーチ、トレーニングスタッフーーーをコートのセンターサークルに集め、その日のチームの課題についてディスカッションをする。そして、私たちは同じように練習を終える。

ラコタの戦士たちは、いつも円の隊形で集まる。なぜなら、縁は宇宙の根源的な調和のシンボルだからである。ラコタ族の有名な賢者であるブラック・エルクは、それをこう説明している。

「自然の力が織りなすすべては、縁という構造の中にある。大空は丸く、大地もまたボールのように丸いものだと聞いている。そして、星々も、、、・。太陽は、縁の運動の中で現れ、沈んでいく。月もまた同じように動き、どちらも円を描く。季節でさえも、移り変わり、またいつも元の場所へ戻ってくるという巨大な縁を形成している。人間の一生は、子供時代から子供時代まで円を描いており、このように、それは力を及ぶすべてに言えるのだ」

ラコタにとっては、敵も含めて、あらゆるモノが聖なる存在である。なぜなら、生きとし生ける全ては、根源的に繋がっていると信じているからだ。それがラコタが他の部族を征服しようとしない理由だ。彼らは敵を棒でつついて回数を競う(カウンティング・グウ)馬を盗む襲撃に参加する、捉われた仲間を救出するというような、勇敢な行動をすることにより強い関心を持っている。ラコタにとって、戦いに参加することは、ゲームに興じるように喜びに満ちた経験なのである。もちろん、掛け金は段違いに高いゲームであるが。

(中略)

私たちは、何もかにも賛同したわけではない。しかし、私たちは高いレベルでの信頼を作り上げ、プレイヤーたちを売れ入れて欲しいと思っているチームワークを定義する事に専念した。

いうまでもなく、コーチという職業は、多くのコントロール願望持ちたちを引き付ける。彼らは、あらゆる人間に自分が群れのボスであることを常に意識させる。私自身も御多分に漏れる、そういう人間だと思われてきた。しかし、私が数年かけて学んだことは、最もコカ的なアプローチは可能な限り権限を委譲する事であり、同様に他のすべてのプレイヤーにリーダーシップの技術を身に着けさせることである。それが出来た時、チームの結束と、他の選手の成長を生み出すことが出来るだけではなく、逆説的だが、私自身のリーダーとしての役割も強めてくれるのだ。

ー『イレブン・リングス 勝利の神髄』より)

『The ELM Tree of Mastery(熟達達成の為のELMツリー)』について、フィル・ジャクソンとホーレス・グラントのエピソード

『The Emotional Tank(感情タンクを満たす)』の項目では、コーチが選手に接する際の細かな注意点などについて紹介されている。その中でも、選手に指導を受け入れてもらうための黄金比率、褒め・称賛と注意喚起・叱責の比率(5対1)についての具体的な説明もあった。

※『The Emotional Tank(感情タンクを満たす)』の基本的な考えについては、「勝つこと」と「良い人間になる」の両立(ダブル・ゴール・コーチング)を目指す 、Positive Coaching Alliance(PCA)の哲学を参照の上。

ここでも、フィル・ジャクソン本人の文章を紹介したい。

「俺は疲れたんです。アンタのウィッピングボーイでいる事に」

フィル・ジャクソンとホーレス・グラントとの関係には、難しい時期が存在していたようだ。

その前年、ジョニーは私に、チームを奮起させるためにホーレスを「ウィッピングボーイ(鞭で打たれる少年)」として使ったらどうかと提案した。これはプロチームでは極めて普通に行われれる事だった。事実、私もニックス時代に少しの間、その役割を演じた事がある。ウィッピングボーイとは要するに、ほかのプレイヤーたちが互いに結束するモチベーションを高めるために、一人のプレイヤーを選んで、勇敢にも非難される負担を引き受けさせることである。私はこの種の旧来のコーチングを全面的に支持していたわけではなかったが、試してみるのにやぶさかではなかった。プレイヤーたちは、ホーレスを慕っていたし、もしホーレスが酷く攻められたら、彼の周りに集まって見方をするだろうという事は分かっていた。さらに、ジョニーは、ホーレスを固く信頼しており、彼がプレッシャーに耐えきれるだけのタフな男であることを保証した。

私たちは、このアイデアをホーレスに説明し、彼はその話に乗った。当初は。

彼は子供のころから海兵隊になりたいという夢を抱いていた。だから、その激しい試練は彼の心に訴えるものがあったのだ。しかし、時がたつと彼は非難されることに苛立ちを覚えるようになった。そしてその事態が窮地に陥ったのは、セブンティシクサーズとの第3戦、第3クォーターだった。

ギリアムは試合の間中、ずっとホーレスの背中を当てこすり続けてポジション取りをさせないようにしていたが、審判はそれをめこぼしていた。最終的にホーレスが欲求不満のあまりに仕返しに出た時、審判はそれに気づいてファールをコールした。私が激怒した。

ホーレスをゲームの外に引っ張り出し、セブンティシクサーズにまんまとやられた事に対して、激しく声を荒げて彼を非難した。ホーレスは叫び出した「俺はもう疲れたんです!アンタのウィッピングボーイでいることに」それから彼は、普段にはない調子で私を罵り始めた。

ー『イレブンリングス 勝利の神髄』P.120より)

褒める2:批判1にしたところ、ホーレス・グラントとの関係が良好になった

「The Power of Double-Goal Coaching」に寄せた序文では、ホーレス・グラントとの関係に修復する為、フィル・ジャクソンの中での考え方の変化があった事を紹介している。

我々の関係には不和が生じていて、ホーレスと私は新しい領域に到達しなければならなかったのです。その頃、ジムの本に出会い、ポジティブ・コーチングが私の人生に影響を及ぼしました。5:1の比率、つまり、褒める=5:批判=1の割合ですね。ええ、その頃、ホーレスと私の間では、褒める=1:批判=3でした(笑)。そこで私は、それをかなり努力して、褒める=2:批判=1にしました。5:1にすることはどうやっても出来ませんでした。というのは、つまるところ、選手たちはプロ、卓越したパフォーマンスをどうしても期待されますから。ですが。2:1にしたところ、ホーレスと私の関係は素晴らしいものになったのです。その後の展開は、皆様良くご存知のように、本当に良い経験をさせてもらったと思っているます」

「The Power of Double-Goal Coaching」(邦題『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』)に寄せた序文より

栗野譲氏は、Positive Coaching Allianceの「DOUBLE COACH COACH」のコースを修了

以上で、2017年2月中旬に開催されたPositive Coaching Allianceのワークショップのレポートや、具体的な事例の紹介とする。一連のレポートは、Positive Coaching Allianceが提唱する哲学の一部分でしかない。さらに興味のある方は、PCAのHP、書籍、音源資料などを活用し、さらに見識を深めて頂ければ幸いである。

また、現在、 ファイティングイーグルス名古屋でプロ選手であり、『リレントレス 結果を出す人の13の法則 』の翻訳も手掛けた栗野譲氏は、Positive Coaching Allianceの「DOUBLE COACH COACH」のコースも修了された模様。

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、2018年現在も精力的に活動を展開している。詳しくはHPより最新情報をチェックしてみてほしい。

最後に、GSL内に過去に投稿をしたフィル・ジャクソン氏の関連記事などのリンクを掲載し、本レポートを終了とする。

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この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。