フィル・ジャクソン新たなる旅路へ −ロード・オブ・ザ・”イレブン”リングスを振り返る−

2014年11月24日コーチングイレブンリングス, コーチング, サンアントニオ・スパーズ, フィル・ジャクソン

eleven-rings3連覇を懸けたマイアミ・ヒートの旅が、黒い巨壁によって儚くも散ったNBAファイナル。これでサンアントニオ・スパーズのグレッグ・ポポビッチHC(ヘッドコーチ)は通算5回目のリングを手にしたことになります。これほど名将と呼ばれるポポビッチでもようやく5回。一方来季よりニューヨーク・ニックスのGM(ゼネラルマネージャ)になることが決定したフィル・ジャクソンは、何と11ものリングをすでに手にしています。HCにはなんと2013-14シーズンまで選手であった、愛弟子のデレック・フィッシャーを招聘しました。

このように期待と懐疑が入り混じる、GMとしての新たな旅路となるわけですが、彼の頭のなかは一体どうなっているのでしょうか? それを知る1つの手がかりが著書『イレブンリングス』にあります。

本書『イレブンリングス』は、フィル・ジャクソンの生い立ちからニューヨーク・ニックスでの現役時代に始まり、シカゴ・ブルズ、ロサンゼルス・レイカーズを率いて3度の3連覇を含むNBA史上最多となる11回の優勝を成し遂げ、2011年シーズンに監督業を引退するまでの全軌跡を描いた自叙伝です。

物 語はフィル・ジャクソンが当時を振り返りながら語るというスタイルになっており、ところどころに選手たちが実際に語った言葉が挿入されています。共著者 は、かつて共に『Sacred Hoops(邦訳『シカゴ・ブルズ 勝利への意識革命』、PHP研究所)』を手がけたスポーツ雑誌編集者のヒュー・ディールハンティー(twitter: @HughDelehanty)で、選手たちの言葉を事細かに取材し、文章構造の1つひとつにも神経を配って作り上げられています。

 

全体は22章に分かれており、全体は大きく分けて6つのまとまりに分けられます。

1.2009年の優勝記念式典から始まるプロローグと、自身のコーチング哲学を概観する11ヵ条(1~2章)

ここではバスケットボールのチームをネイティブアメリカンの部族と対比してその発展を段階的に描き出し、若く野心に満ちた個人の集団を、強く結びついた優勝チームへと導く方法が概観されます。

第1章で語られる優勝記念式典の様子

2.魂の探究を行い、ビル・フィッチや名将レッド・ホルツマンの元でバスケットボールに打ち込んだフィル・ジャクソンの現役時代(3~4章)

この時期が、フィル・ジャクソンのバスケットボール観の基礎となっています。ジャクソンが現役時代を過ごしたニックスはディフェンスを主体とした無私の精神セルフレスネスを備えたチームであり、また、仏教やスーフィズムなどの思想を通した魂の探究によって、フィル・ジャクソンは『今この瞬間』に意識を集中する仏教的な気づきマインドフルネスという概念に辿り着きます。

1973年ニューヨーク・ニックスのハイライト映像(ジャクソン現役時代)

3.シカゴ・ブルズのアシスタントコーチから始まりヘッドコーチへの就任、ブルズの初優勝から三連覇そして、ジョーダンの引退まで(5~9章)

マイケル・ジョーダンとその他4人(ジョーダニアンズ)と揶揄されたチームを1つの部族へと変化させ、宿敵ピストンズを打ち破っての初優勝。さらに人間性が試された2度目の優勝、そして、ジョン・パクソンのラストシュートとそれを導いたパスに象徴される3度目の優勝が描かれます。しかし、マイケル・ジョーダンの突然の引退。その時、フィル・ジャクソンは決して自らやチームの利益を優先させたりはせず、1人の友人としてジョーダンとの対話に臨みます。

3連覇のうち2度目に優勝を勝ち取ったトレイルブレイザーズとのファイナル

4.ジョーダンの復帰、そしてロッドマンの加入によって年間72勝10敗という偉業を含む後期3連覇を成し遂げるまで(10~13章)

史上最も優れたチームと呼ばれることもあるこの時期のブルズを、フィル・ジャクソンは、集団としての究極である第5段階『生きとし生けるすべての人生は素晴らしい』という視点を身につけたチームだと語り、自分たちと競い得るのはただ自分たち自身だけだったと表現しています。ジョーダン、ピッペン、ロッドマンらスーパースターたちに彩られたこの時期ですが、フィル・ジャクソンが3連覇の最後に称賛の乾杯を捧げたのは、スコアラーからガードに転身を遂げたロン・ハーパーでした。

ジョーダン・ピッペン・ロッドマンの豪華競演

5.レイカーズという新天地に移って3連覇を成し遂げた後、コービーとの確執で王朝が崩壊し、レイカーズを去るまで(14章~18章)

シャック、コービーらを擁しながら優勝に手が届いていなかった我の強い個人の集団を、セルフレスなチームへと導く過程。そしてコービーとの確執が深刻化する中で悟った「怒りがもたらす智恵」が描かれています。また、この時期では章タイトルのほとんどに仏教の用語が用いられており、レイカーズを導くために精神的なアプローチがどれほど重要な役割を果たしたかということを物語っています。

2001年のレイカーズ優勝ハイライト

6.レイカーズへの復帰からチームの再建、2度の優勝、コービーとの和解、そして、フィル・ジャクソンの最後のシーズンまで(19章~22章)

それまで9度も優勝しながらも『若い選手やチームを育てたわけではない』という批判もあったフィル・ジャクソンが、プレイオフを逃したレイカーズを立て直し勝利へと導く過程が描かれます。また、2008年ファイナルでセルティックスとの因縁の対決に敗北を喫したレイカーズはリベンジを誓い、翌々年のファイナルにおいて同カードの対戦が実現します。そして、最後のシーズンを経たフィル・ジャクソンは、本書を締め括る「勝利の神髄」について言及します。

2007年〜2009年にかけてのレイカーズハイライト映像

本書を読むにあたって

ジョーダン、コービー、ピッペン、ロッドマン、シャックらスーパースターたちを調和させ、3度の3連覇を含む11回の優勝へと導いた名将フィル・ジャクソン。その実績は華々しく、実際、ビル・ラッセルらを擁したセルティックスの1966年以降、3連覇を成し遂げたのはジャクソンが指揮を執ったブルズとレイカーズ以外にはないことからもその偉業の異例さが見て取れます(3連覇の期待がかかった今年のマイアミ・ヒートがファイナルでスパーズに敗れたのは記憶に新しいところ)。

ただ、ジャクソン自身は本書で「人々の注目の的になることをどうしても好むことができない」(13頁)と打ち明けており、自身を突き動かす原動力は優勝トロフィーでもTVで自分の顔が映る姿を見ることでもないと、このように語っています。

私を動かす原動力、それは若者たちの姿だ。自分自身を越える何かに全身全霊で向かい合ったときに生まれる魔法に触れ、強く結びついた若者たちを見ること。ひとたびそれを経験したら、決して忘れられないものになる。(14頁)

『イレブンリングス』で描かれるバスケットボールは、決してNBAの華やかさや超人的な個人技の礼賛ではありません。そこで描かれるのは、若く野心に満ちた個人の集団が、強く結びついた優勝チームへと変化する過程です。そこには、「かつて人々を魅了したバスケットボール本来の精神性がある」とフィル・ジャクソンは語ります。

フィル・ジャクソンはキリスト教ペンテコステ派の牧師を両親に持ち、幼い頃から厳格な教義に従って生活することを要求されてきました。成長する中で自らの精神を解放してくれるものを追い求めたジャクソンは、バスケットボールと出会い、そして、禅やネイティブアメリカンの哲学などを中心とした様々な思想と出会います。これらの思想は、ジャクソンのコーチングに深い影響を与えました。

本書でも、仏陀(宗教者)、宮本武蔵(剣豪)、ゼーレン・キルケゴール(哲学者)、マズロー(心理学者)らを始め、セロニアス・モンクやトム・ウェイツ(演奏者)、ロアルド・ダール(劇作家)などありとあらゆる分野の人物の言葉が引用として紹介されますし、また、一つひとつの文章やタイトルにも細かい神経を配って構成が練られてもいます。

例えば6章のタイトルは「武士道精神(ウォリアー・スピリット)」となっていますが、この章では、冒頭に宮本武蔵の『身を浅く思い、世を深く思う』という言葉が冒頭に掲げられると同時に、本文ではラコタ族の戦士ウォリアーたちの魂のあり方が語られ、それがピストンズと対峙するブルズの選手たちの姿と対比されるという構造になっています。

ただ、これらは決して見かけの派手さを求めているわけではなく、幅広い知識を誇っているわけでもありません。本書を読めば、この本がフィル・ジャクソンのコーチングそのものであるということが伝わってくることと思います。本書の中で、ジャクソンは自らのコーチングをこう語っています。

私が目指したのは、選手自身が作ったバスケットボールの繭という制約から、選手を解き放ち、人生のより深く霊的な側面を探索させることだ。(142頁)

その言葉通り、バスケットボールに対する決まり切った見方から脱却させるために、ジャクソンはチームに様々な人間を招き、選手を人間的に成長させようとします。

私が限界を越えさせるために取ったもう1つの方法は、専門家を呼んで、選手たちにヨガや太極拳、そして、その他の心と体に関するテクニックを教えさせるということだった。私はまた、栄養士や秘密捜査官、刑務所長を含むゲストスピーカーを招き、難しい問題に対する新しい考え方を示した。時々、ヒューストンとサンアントニオのような短い距離の遠征をするときには、全員をバスに乗せ、空港の待合室ではない場所から世界がどのように見えるのかを実感する機会を与えたりもした。(143頁)

このようにして選手たちに限界を超えさせようとするのと同様に、本書でも読者たちにバスケットボールの枠に収まらない人生のより深い側面を探索させようとしているのだと感じます。

さあこの『イレブンリングス』。間もなく日本語版が発売となります。圧巻の368ページでお届けします。訳者は当ラボのメンバーでもあり、バスケ書籍の翻訳でもお馴染みの佐良土茂樹氏(@Saroad)とその弟である佐良土賢樹(まさき)氏です。あなたのコーチング哲学を加速させる一冊をお見逃しなく!

この記事の著者

佐良土茂樹
佐良土茂樹上智大学哲学研究科特別研究員
1981年川崎市生まれ。現在、上智大学哲学研究科特別研究員(専門はギリシア哲学・倫理学)、日本バスケットボール学会理事。2005-07年には、上智大学男子バスケットボール部アシスタントコーチを務めた。

主な訳書
マイク・シャシェフスキー著『コーチKのバスケットボール勝利哲学』(イースト・プレス)
同著『ゴールドスタンダード 世界一のチームを作ったコーチKの哲学』(スタジオタッククリエイティブ)
アダム・フィリッピー著『バスケットボール シュート大全 プロスキルコーチが教える「シュート」のテクニック・ドリル・方法論』(同)
ジョルジオ・ガンドルフィ編『NBA バスケットボールコーチングプレイブック』(同)
フィル・ジャクソン著『イレブンリングス 勝利の神髄』(同)

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