【NCAA通算1,000勝達成】コーチKの歩みと言葉を今一度ふり返る

先日(2015年1月25日)NCAA男子ディビジョンIで初めて通算1,000勝を達成したコーチKことマイク・シャシェフスキー(Mike Krzyzewski)ですが、周知の通り、そこに至るまでには長い道のりがありました。まだスリーポイントラインもなかった1975-76年シーズンに陸軍士官学校(Army)でヘッドコーチに就任して以来、およそ40年という月日が経っています。今でこそデューク大学でNCAAトーナメント優勝4回を達成し、アメリカ代表を率いて五輪優勝2回、世界選手権とワールドカップでそれぞれ優勝と輝かしい成績を残していますが、その道のりは決して栄光だけに彩られたものではありませんでした。そこで今回は通算1,000勝を記念して、コーチKの栄光と挫折の道のりを支えた哲学の一端を、彼の言葉と共にふり返ってみることにしましょう。

デューク大学ブルーデビルズのプロモーションビデオ(3分16秒)

 「シャシェフスキー (Krzyzewski)」という名字からも容易に想像がつくように、コーチKはポーランド系アメリカ人の家に生まれ、シカゴで幼少期を送ります。貧しいながらも一所懸命に働くご両親(ウィリアムとエミリー)の背中を見て育ち、たくさんのことを学んだとコーチKは語っています。家計を支えるためにアスレティッククラブの床清掃をしていた母エミリーは、「誇り(Pride)」についてこんな言葉をかけています

「私の人生において、誇りについて教えてくれた最初の人物は母親でした。母はこういっていました。『マイク、あなたがやるどんな些細なことにでも、あなた自身のサイン(痕跡)が刻まれているのよ。そのことを誇りに思うべきです。それはあなたのものなのですから』」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』215頁)

どんな小さなことであって、そこに自分の痕跡が残るからには最高の仕事をするよう求めた母のこの言葉は、コート上で指揮を執るコーチKの胸に終生残り続けることになりました。他にこんな言葉をかけたこともあったといいます。

「『マイク、ちゃんと正しいバスに乗るのよ』。(…中略…)母は私が〔高校へ進学するのにあたり〕友人を正しく選んで、そういう人たちがわたしのバスに乗ることを望み、わたしを間違った方向へと導くような人たちのバスに私が乗ってしまうことなど望んでいないということを比喩的に表現してくれました」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』176-177頁)

また、コーチKに大きな影響を及ぼした人物として忘れてならないのは恩師ボブ・ナイト(写真左)です。コーチKが塗り替えるまでNCAA男子D1で最多勝記録(902勝)を保持していた名将でもあります。

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コート上で大きな声を荒げる情熱的な一面だけなく、冷静な判断も兼ね備える優れた指導者から、コーチKは彼の教え子としてもアシスタントコーチとしてもさまざまなことを学んだと言います。その一つに「柔軟性(adaptability)」があります。1974年、名門インディアナ大学で、自分の現役時代の指導法とは全く違ったやり方で指導するボブ・ナイトに「なぜ指導法を変えたのか」と問いかけると、こんな答えが返ってきます。

「『マイケル、君と〔身体能力の高い〕クインバックナーでは大きな違いがあるだろ』。その言葉は間違っていませんでした。『ジグザク』のような〔肉体的にかなり辛く追い込む〕練習メニューは、あるチームには必要ですが、それをやるのが適していないチームもあります」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』20頁)

この言葉でコーチKは柔軟性について学び、それ以来練習計画は常にそのときのチームや選手に適したものにするようになりました。

 「毎回の練習に対しては周到に準備するように。しっかりと練習計画を立てましょう。それでも、練習中に起こるあらゆることに柔軟に対応することを忘れてはなりません。練習計画は、単なる『導き手』にすぎないのです」
(Leading with the Heart, p. 101)

また、多くのことを教えてくれたのはそうした人物たちだけに限らず、試合の敗戦やさまざまな挫折もそうであったと言います。試合での敗戦という一見したところの失敗や挫折も、大きな視点から見るとまた違ったものとして見えてくるといいます。

 「失敗や挫折といったものは、成功には欠かせないものなのです。」
(Leading with the Heart, p. 49)

「『居心地が良いと感じる領域からあえて踏み出そうとすれば、おのずと失敗や挫折は生じてくるものだ』。これこそが、わたしがこれまでの人生で学んできた最大の教訓の一つです。陸軍士官学校で学んだおかげで、失敗による『挫折』というものはただそれだけで他のものと切り離されてあるのではなく、むしろ、なにか素晴らしいものへと続いている『きっかけ』なのだと思えるようになりました」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』121頁)

通算勝利数や輝かしい優勝の数々が取り上げられることの多いコーチKですが、そうした勝利だけでなく、ときとして敗北も経験しています。アメリカ代表を率いて五輪やワールドカップで複数の優勝を達成していく過程にも、「敗北」という大きな転機がありました。それは2006年に日本で開催された世界選手権での敗北です。

「〔世界選手権でギリシャに〕敗けたことで、わたしは自分が取り除こうとしていた傲慢さを抱えたまま、それを拭いきれずにチームを率いていたことを実感した」
(『ゴールドスタンダード』261頁)

バスケ大国の復権に向けてコーチKに白羽の矢が立ちましたが、結果は周囲の期待に反して準決勝でギリシャに敗退して、3位という残念な結果に終わってしまいます。そんな辛く厳しい敗戦に直面したとき、本当に胸が張り裂けるばかりの想いをしていたコーチKを支えたのは、家族(特に妻や娘さんたち)や身近な人々(ジェリー・コランジェロなど)でした。彼らがいたからこそ、そうした厳しい状況を乗り越えることができたとコーチKは語っています。失敗や挫折のときこそ周囲からの支援が大切だと語る彼の言葉は、自身の経験に裏付けられたものです。

「もし仮に〔あなたが〕失敗したとしても、そうした〔家族や周囲の〕支援が、あなたたちが崩れ落ちたときのショックを和らげてくれます。家族や周りの人々こそが、いつもそこにいてくれる人たちであり、失敗を学びという経験に変えるのを手伝ってくれるでしょう」
(『ゴールドスタンダード』100頁)

そして、「お互いを支えあう」という家族の理想的な姿を知っているコーチKは、今度はそうした家族のあり方を同じように自分のチームにも求めます。家族のように結びついてこそ、チームは本当の意味で強くなれるからです。

「あなたたちの集団が強い絆で結ばれた家族のようであれば、たった一発のパンチでノックアウトされるなんてことはありえないでしょう」
Leading with the Heart, p.202)

もちろんそうしたチームの一員となるのは、選手とコーチだけではありません。マネージャー、大学関係者、施設の管理人、ファンなど、多くの人びとが関わることで一つのチームを作っているとコーチKは考えています。そこで選手たちにチームにかかわる人々についてこのように問いかけます。

「うちのチームには五人のマネージャーがいる。君たちは、彼らの名前を知っているか?もし君たちがこの部に対して当事者意識を持っているなら、チームにいる全員のことをちゃんと知っているはずだ。誰がロッカーを掃除してくれる?誰が練習の道具を管理してくれる?誰が部室を清潔にしてくれる?君たちは知っているか?」
Sports Illustrated, 2011, 12月号の記事より)

「〔デューク大バスケ部を熱狂的に応援する〕キャメロン・クレイジーたちはチームのシックスマンです。彼らはチームの一員です。彼らが私たちを応援してくれているとき、それはファンがチームを応援しているのではなく、チームの一員がチームを応援しているのです」
(Leading with the Heart, p. 185)

そして、そうした大きなチームの核となる部分として、さまざまな個性を持つ選手やコーチたちから構成されるチームを一つにまとめるのは並大抵のことではありません。その際に一つの指針となるのはチームの「スタンダード(=自分たちが目指すべき目標、あるいは意識の高さ)」をしっかりと掲げることであって、それは杓子定規に「規則 rule」を適用することとは異なります

「チーム作りにおいて、私は、規則は信じていません。スタンダードを信じています。規則はチームワークを作り出しませんが、スタンダードは作り出します」
(『ゴールドスタンダード』102頁)

Coach K: Gold Standard (4分40秒)

デューク大でもアメリカ代表でも選手たちと話し合って「スタンダード」を作り出すことで、チームの意識はそのスタンダードという目標に向かって一つになるといいます(実際にアメリカ代表が定めたスタンダードについては『ゴールドスタンダード』115-116頁を参照)。

そうした目標を持ったチームが実際に一丸になるには、チームをまとめるリーダーがさまざまな資質を持っていることが必要になります。何よりバスケットボールという競技では、指揮官として常に流れゆくコート上の状況を的確に見抜き、それに基づいて判断することが要求されます。また、予期せぬ事態に対応できることが重要なのも言うまでもありません。そのためリーダーは判断力・順応性と勇気(courage)といったいわゆる「知性的な卓越性」と「人柄の卓越性」(アリストテレス『ニコマコス倫理学』)を兼ね備えていることが必要になります。

「実際、多くの人が決断を下すのを避けるために『規則』を設けています。私は違います。私はマネージャーやディレクターではなく、リーダーになりたいのです。リーダーシップの本質とは流動性、順応性、柔軟性、積極性にあります。だから、リーダーはしっかりとした判断能力を持たねばならないのです」
Leading with the Heart, p. 10)

「瞬時に重要な決断を下すためにこそ、リーダーは勇気をもたなければなくてはなりません」
Leading with the Heart, p. 115)

さらに、こうした資質に加えて、リーダーは周りに人々に共感の心(empathy)をもって接することができなければならないとも述べられています。それなくしてチームに必要な真の信頼関係は築けないとコーチKは考えているからです。

「リーダーであるために欠かせないのは、他者に対して共感の心を持つことです」
Leading with the Heart, p. 256)

「コーチとしても、親としても、いかなるタイプのリーダーとしても、共感こそが、あなたが仲間のために感じることができる、とても大切な気持ちです。あなたが他人の状況に自分を重ね合わせることができて、他人の気持ちを理解することができる人だとわかれば、人々はあなたをいっそう信頼しやすくなるのです」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』99頁)

そして、他人の気持ちを理解する「共感する心」と同じだけ大切なのは、自分の考えを相手にしっかりと伝えようとする姿勢です。それによってチームに欠かすことができないコミュニケーションが営まれるわけですが、自分の考えを偽ることなく伝えようとするときにはある種の「対立(confrontation)」が起こることは避けられません。しかし、コーチKはこうした「対立」を決して否定的なものと捉えてはいません

「信頼し合える関係を構築するために欠かせないのは、“対立”です。私はそれを否定的なものとは捉えていません。それによって、結果的に真正面から真実に向き合えるようになります」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』245頁)

あなたのためにちゃんと「ノー」といってくれる人が自分のそばにいるようにしてください。
Leading with the Heart, p. 278)

このようにして「対立」を乗りこえ築きあげた信頼関係があるからこそ、瞬時の判断が要求されるコート上にあっても選手とコーチたちは一丸となって戦うことができるようになります。そして、そうした一丸となって戦う姿を象徴するのが「こぶしの比喩(fist analogy)」です。デューク大ではお互いに「こぶし」を見せ合うことで「一丸となって戦う」という信念をお互いに思い出させるといいます。

「コート上で五人は「こぶし」のように、ひとつにならなければなりません。「こぶし」は五本の指が伸びている状態よりもはるかに強いものなのです」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』263頁)

「あらゆるチームを偉大なものとする5つの基本的な性質が存在します。それは、コミュニケーション、信頼、集団責任、思いやり、誇りです。私としては、それらを手のそれぞれの指と考えることを好んでいます。どれをとってもそれ単独で重要なものですが、それらが一丸となったとき、それを打ち破るのは不可能だからです」
Leading with the Heart, p. 65)

「わたしが選手たちに自分のこぶしを見せ、選手たちがわたしにこぶしを見せるとき、自分たちをひとつにして、自分たちのパフォーマンスを限界まで高めてくれる、あの5つの言葉をお互いに思い出させるのです」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』264頁)

このようにコーチKは著書のなかでさまざまな言葉を残していますが、そのどれもがどこか他の言葉とつながっている印象を受けます。それはマイク・シャシェフスキーという一人の人間が人生におけるさまざまな出来事を経験したなかで、彼のうちに醸成し、それが相互につながりを保ったまま実感として根付いているからでしょう。

そんなコーチKも現在の成功に甘んじることなく、常に新たな挑戦をすることで自らを改訂し、更新し続けています。彼の絶え間ない学びの姿勢は、こんな言葉に現れています。

「わたしにとって、生きるとは学ぶことにほかなりません。学ぶことをやめてしまったら、もはや生きていないも同然なのですから」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』166頁)

「成長がとまってしまえば、その瞬間からあなたは衰え始めているのです」
Leading with the Heart, p. 235)

「すべての試合に勝つことはできません。でも、すべての試合から学ぶことはできます」
Leading with the Heart, p. 115)

「わたしはいつも『いつ何時、どんな人からでも学ぶことができる』と自分自身に言い聞かせています。これこそが、わたしがこれまで出会ったどんな人に対しても心を開いて、色々なことを学ぶために意識的に耳を傾けている理由にほかなりません。新たな素晴らしい教えが『いつ』『誰から』やってくるかなんて誰にもわからないのですから」
(『コーチKのバスケットボール勝利哲学』170頁)

それでは最後に、NCAA男子D1で前人未到の通算1,000勝という記録を樹立したコーチKが「勝利数」について語っている言葉を引用して締めくくることにしましょう。実はこのなかにこそ、彼のコーチ哲学が凝縮されているのかもしれません。

 「絶対に勝利数を目標にしてはなりません。絶対に!むしろ、チームとして一丸になってプレイすることを中心に据えた目標を立ててください。そうすることで、あなたたちは毎試合勝てるようになるのです」
(Leading with the Heart, p. 64)

  

【注記】『コーチKのバスケットボール勝利哲学』と『ゴールドスタンダード』の引用は拙訳から引いてきたものですが、掲載にあたり若干表現を修正したもの があることをお断りしておきます。また本稿は2013年11月30日(土)神奈川県バスケットボール協会主催の第3回神奈川県指導者講習会(於:県立川崎 高等学校)での講演「コーチKに学ぶ成功と勝利への哲学」をベースにして修正・加筆を行ったものです。講演後にさまざまなご意見をくださった方々にこの場を借りて謝意 を表したいと思います。

この記事の著者

佐良土茂樹
佐良土茂樹上智大学哲学研究科特別研究員
1981年川崎市生まれ。現在、上智大学哲学研究科特別研究員(専門はギリシア哲学・倫理学)、日本バスケットボール学会理事。2005-07年には、上智大学男子バスケットボール部アシスタントコーチを務めた。

主な訳書
マイク・シャシェフスキー著『コーチKのバスケットボール勝利哲学』(イースト・プレス)
同著『ゴールドスタンダード 世界一のチームを作ったコーチKの哲学』(スタジオタッククリエイティブ)
アダム・フィリッピー著『バスケットボール シュート大全 プロスキルコーチが教える「シュート」のテクニック・ドリル・方法論』(同)
ジョルジオ・ガンドルフィ編『NBA バスケットボールコーチングプレイブック』(同)
フィル・ジャクソン著『イレブンリングス 勝利の神髄』(同)

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