マドリードの移民街でのバスケットボールを利用した社会貢献活動について

2013年8月頃、株式会社ERTLUCがスペインよりプロコーチを招聘し、スペインツアーと称して関東各地でクリニックや育成環境に関する講演会を実施されていた。

現在でこそ、コロナ禍の影響もあってか、日本のバスケットボールコミニティに諸外国の著名なコーチ等がオンライン講習会等を行う事が増えてきた。まだまだ、一部の有識者を除き、海外のバスケット界との接点等に乏しい時代であった。同社が掲げている3つのミッション「より多くの子ども達になりうる最高の自分を目指す環境を提供する」・「チームスポーツだからこそできることで教育に貢献する」・「世界で最もビジョナリーなコーチチームを作る」に基づき、先進的な取り組みをされていた事が改めて分かる。

 

※ツアーの終盤に東京都中野区で開催されたスペインバスケ座談会。スペインバスケ通のとうみん氏の秘蔵グッズが多数展示された。

株式会社アップセットでは、株式会社ERTLUC、及び、コーディネーターの富田さん(とうみん)氏と協力の上、滞在期間を利用して、来日したコーチの1人であるセルヒオ氏の「バスケットボールを利用した社会貢献活動」に関する講演会を開催した。(開催協力:バンタンデザイン研究所)

セルヒオ氏は、マドリードを中心にジャーナリストや育成コーチとしてスペイン国内で幅広い活動をされている。以前には、月刊バスケットボール上でもスペインバスケットボールに関するコラムを連載された経験の持ち主で、現在でも日本バスケット界との関係も深い。

株式会社アップセットのブログにも掲載されている内容を本稿にも転載する。

 

『サンフェルミン地区でのバスケットを通じた社会活動について』

サンフェルミン地区とは

セルヒオ氏が情熱を注いでいるのがマドリードにあるサンフェルミン地区と呼ばれる貧困地域でのバスケットボールを活用した社会貢献活動です。

サンフェルミン地区とは、マドリードの中でも貧困地域として知られています。2020年のマドリード五輪招致のネガティブな要因の一つにもなった事でも知られていますが、スペイン経済の不安定な社会情勢もあり、定職を持てない人間が地域の30~40%を占め、40%近い子供が教育を続けられない状況に陥ってしまっています。

そこには両親がいない中で生活しなければならない子供も多く存在します。生死の問題を乗り越えたとしても、様々な誘惑が飛び交う街です。また、そのような中で日々の時間を刻む子供たちにとって、人生は可能性に満ちた世界ではなく、未来に対する希望を失い、その結果、自分自身に対しても自信を失うケースも非常に多いようです。

また、その地域の出身というだけで、周りの地域からは特異な目で見られてしまうという偏見との戦いも存在します。

バスケットを学びのツールとして活用

セルヒオ氏は、スペイン北東部のサラゴサで生まれ、バスケットボール競技に励み、その後、ジャーナリストとして活躍。その後、スペイン南部のマラガでも育成コーチとして活動。非常に幅広く、奥行きのあるキャリアを積んでいます。

バスケットに携わりながら日々を過ごす中で、セルヒオ氏は、バスケットボールの可能性を強く信じるという考えを持つようになりました。具体的には、バスケットボールには、人々の生活の質を改善し、幸せを与え、社会的な成功を収める為の学びのツールであるという考えです。

また、セルヒオ氏はこうも言います。

「子供達がスポーツをしている時間は、悪い誘惑から遠ざける事ができる。夢中になる時間は、辛い事を思いださなくて済む」

これは日本国内でバスケットボールを社会性向上や教育的な価値を感じて取り組んでいらっしゃる方でも数少ない、サンフェルミン地区ならではの考え方のようにも感じましたがという事もバスケットボールに取り組ませる事の意義であるようです。

重要な価値観(結束する事、目標に向かって取り組む事・・ect)を伝える

その地で、3年前に15人からスタートし、現在では120人の子供がセルヒオ氏のコーディネートの元でバスケットボールに励む環境を作りました。

試合に勝つ事でもなく、また、将来のスーパースターを育成する事ではなく、前述のとおり、サンフェルミン地区に住む子供に、バスケットボールをプレイする環境を与える事、そして、彼らを悪い生活から遠ざける事を目指し、このプロジェクトは進められています。

セルヒオは、人生の中で有益であると考えられている価値観の多くをバスケットを通じて子供たちに伝える事が出来ると信じています。

それは例えば、単純にバスケットボールを楽しむ事。同世代の人間と知り合い、友達になる事。自分に対して自信を持つ事。社会的な素養を身に付ける事、仲間と結束する事、目標に向かって取り組む事、敬意を持つ事、努力、スポーツマンシップを学ぶ事です。

 

ACB(スペイン1部リーグ)の試合観戦

現在、120人の中から、2チームが地域のリーグ戦に登録をし、他地域のチームとも試合に励んでいます。残りの選手は、単純に、バスケットボールをプレイする事を楽しんでます。バルセロナにあるスポンサーの支援により、子供は無料でバスケット教室に参加する事が可能となっています。バスケットボールを競技する事は楽しいという評判が広がり、サンフェルミン地区の多くの子供が
参加するようになりました。このような教育的なプロジェクトは、同地区において、現時点ではバスケットボールだけで実施され、成功しているようです。

また、エスティディアンテスの支援や理解により、スペイン一部リーグACBのレアル・マドリードとエスティディアンテスの試合観戦、車椅子バスケットボールの試合観戦をする機会なども与えられます。

セルヒオの想い

象徴的なエピソードを紹介します。他地域のチームと試合をするリーグ戦に参加した際、相手チームの選手が試合中に転倒してコートに倒れるというシチュエーションがありました。その瞬間、サンフェルミン地区のチームがルーズボールを奪い、そのまま攻撃に転じる事も出来たのですが、サンフェルミン地区の選手は、攻撃に転じ、その隙に得点をするのではなく、転んだ選手に手を差し伸べ、助けました。

その行為はサンフェルミン地区出身というだけで偏見を持っている方々の色眼鏡を変えました。そして、この時の選手の振る舞いはセルヒオにとっても非常に感銘深い場面となったようです。

彼の夢の一つは、自分がいなくなってもこのプロジェクトが続き、多くの子供たちに教育的な機会を与え続ける環境が存在し続ける事。また、この地で育った選手が、サンフェルミン地区のコーチとしてこの地に戻ってくる事。そして、コート上で転んだ対戦相手に対し、救いの手を差し伸ばせる選手を育む事。

セルヒオはこうも言います。

I learned long time ago that you can not always win in sports.Neither in
life.The important thing is not to beat another,but how you make the journey.
i want to tell a story. 

世の中は、成果や結果によって判断される事が多い。パウ・ガソルやカルロス・ナバーロの事は、日本のバスケット愛好家も、スペインの人も多くの人が知っている。それは彼らが勝者であるからだ。

スポーツの世界では、常に勝ち続ける事は出来ない。それは人生でも同じである。その事を、セルヒオ氏は学んだと言います。そして、重要な事は、相手を打ち負かすことではなく、どのように自分自身の旅(journey)を歩んでいくか、である。

また、会の最後には、サンフェルミン地区で子供たちが「Harlem shake」を踊っている様子が紹介されました。どの子どもも、無邪気にはしゃぎ、嬉しそうな笑顔が飛び交う中、セルヒオの話は締めくくられました。

 

 

 

 

 

 

 

スペイン企画についての紹介ページ
http://baloncesto.for-japon.org/event/20130811_19.html

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。