「『風姿花伝』に学べ!」 ~其ノ壱 「年代別指導指針」編~ 塚本鋼平氏の投稿より

コロナ禍の中で、様々なオンラインセミナーが企画されている。“BREAK THE BORDER”をスローガンとし、「世界に通用する選手やチームの輩出」をミッションの1つとするB.LEGAGUEも同様だ。

強化育成部の企画により、コーチ、及び、これからコーチを目指す方向けの様々な企画が次々と実施されている。同部署に所属し、GSLでもお馴染み、「Passionではなく、Enthusiasm。何かに憑りつかれた状態で、『夜明けが待ち遠しい』ほどの情熱。Hard Workでは不十分でIndustriousness!」と、常日頃から熱く語る(語らずとも、全身から滲み出ている)塚本鋼平氏の熱量溢れる、そして紅白歌合戦での国営放送アナウンサーかのような完璧な司会進行等をWEB画面等で拝見した人も多いはずだ。

本稿では、そんな塚本氏がFBに投稿したユニークな考えを御本人の承諾の上で転載する。テーマは能の世界で読み継がれている『風姿花伝』である。

現在、日本バスケットボール協会でも、年代別、習熟度に応じた指導アプローチの考えを持つ重要性が叫ばれている。同協会が選手育成指針として「Basketball for Life(B4L)」の冊子の中にも、LTAD(Long-Term Athlete Development:長期選手育成)や、選手の成熟過程を把握する為の指標であるPHV(Peak High Velocity=最大成長速度)などが詳しく紹介されている。上記の考えをコーチが把握する事は、強化、育成、普及の側面で有効であり、同協会の理念である「バスケで日本を元気に!」を実現する為に必要な考え方として強調されている。

さて、塚本鋼平氏は、2016年頃よりB.LEAGUE強化育成部で従事されているが、NBL時代には和歌山トライアンズ、西宮ストークスでプロコーチとして過ごした経験の持ち主で、HC代行としても試合の指揮を執った経験も多い。両プロチーム時代にはスクール事業でも活躍されており、また、秋田県の高校教員時代も含めると指導歴も長い。

B.LEAGUEに活躍の場を移された後にも、他競技、及び、諸外国の育成環境への豊富な視察経験の持ち主。プロクラブのユースチーム文化が盛んなサッカー界の育成を総括する関係者や、諸外国のリーグや、各プロクラブで育成部門を預かる責任者へのインタビューも重ねている。以前からの活動とも重なって、米国、オセアニア、東欧、ドイツ、スペイン等の育成事情にも明るい。また『プリンストンスタイルオフェンス』・『ドリブルドライブモーションオフェンス』の翻訳本を出版するなど、戦術的な知識にも非常に造詣が深く、稀有な存在の1人である。

※スペインACBのエスティディアンテスのイニィゴ氏と塚本氏。2013年頃にはエルトラックの企画で来日経験もある。選手育成に定評のあるクラブとして有名。

1、【7日間ブックカバーチャレンジ 7/7日目(最終日)】

このチャレンジは読書文化の普及に貢献するため好きな本を1日1冊7日間投稿するというのチャレンジです。
(本来ならばカバーだけの投稿ですが…少しだけ中身を…)

書籍名:「風姿花伝・花鏡」
著 者:世阿弥、小西甚一編訳
出版社:たちばな出版

★「風姿花伝」は、今から約620年前に、世阿弥が父の観阿弥から受け継いだ能の奥義を子孫に伝えるために書かれた世界初の能楽論です。また「花鏡」は、世阿弥が自らの能芸論を記し長男に授けたものです。
★これらの本は、芸術という市場を勝ち抜いて行くための経営戦略論であり、イノベーション理論であり、年代別指導指針でもあります。
★「秘すれば花」「珍しきが花」「初心忘るべからず」「離見の見」などの名言は、能だけではなく、バスケットボールの指導に通じる重要なヒントが隠されていると感じます。

1週間もの長い間…お付き合いをいただきまして
誠にありがとうございました。
明日からは、この本の名言からバスケットボールの指導に通じるヒントを考えて行きたいと思います。
題して「『風姿花伝』に学べ!」。。。何とぞよろしくお願いいたします。

2、「『風姿花伝』に学べ!」~其ノ壱 「年代別指導指針」編①~

『風姿花伝』第一章「年来稽古条々」では、年齢に応じた稽古の仕方について示しており、まさに「年代別指導指針」と言えます。約620年前に世阿弥によって書かれた「年代別指導指針」をバスケットボールの指導を考えながら見てみましょう。

★7歳「自然体にまかせること」(幼年期)

“ふと為出さん懸りを うち任せて心のままにせさすべし”
“さのみに よき あしきとは教ふべからず”

能は7歳ごろから始めると良いとされています。この年頃は、子どもたちから自然に出てくるものを尊重し、思い通りにやらせることが肝心です。善し悪しを教えるのではなく、心の赴むくままにさせたほうが良いのです。口うるさく注意したり、厳しく叱ったりすると、やる気をなくし、進歩が止まってしまいます。

バスケットボールを始めたばかりの6〜8歳の子どもたちが、新しくもブカブカのウェアを着てや輝きすら感じるシューズを履き、毎日、笑顔で楽しくコートにくる姿は、非常に微笑ましい光景です。また兄姉や先輩たちのプレーを真似したり、驚くような動きをして見せたり、どんなことをしても微笑ましく、大人たちも褒めてあげたくなるものです。この年頃の子どもたちは、とにかく褒めてあげましょう。褒めたことがきっかけで、一生バスケットボールを続けてくれるかもしれませんし、そうしたいものですよね。

“よからんずるに得たらん風体をせさすべし”

そのためにも、その子どもたちにあった、ちょうどいいものを選んで練習させることが大切です。その子どもの得意なところやその子の特徴を考慮しながら、レベルをいきなり高くせずに、褒めて教えてあげましょう!

過去に、小学校1年生〜6年生まで約25人のスクールを指導していました。そこに小学生1年生の女の子がいました。当然、技術があり、体格も大きい6年生と同じことはできません。しかし、先輩たちを見てドリブルが上手で素早いポイントガードになろうとしている動きをしていました。私はとにかくドリブルやスピード、一生懸命に取り組む姿勢を褒め、ドリルの中に組み込みました。彼女はいつも笑顔で休まずに通い、どんどん上達して行きました。笑顔で褒めることは、本当に大切なことです。

【ポイント】子どもの自然体にまかせ、褒めて教えること。叱って教えることは逆効果。

3、「『風姿花伝』に学べ!」~其ノ壱 「年代別指導指針」編②~

『風姿花伝』第一章「年来稽古条々」では、年齢に応じた稽古の仕方について示しており、まさに「年代別指導指針」と言えます。約620年前に世阿弥によって書かれた「年代別指導指針」をバスケットボールの指導を考えながら見てみましょう。

★12~13歳から「少年ゆえの美しき時期」(少年前期)

“まづ童形なれば 何としたるも幽玄なり”
“さりながらこの花は まことの花にはあらず ただ時分の花なり”

この年頃になれば、演技も内容も理解できてくるので、順々に多くの事柄を教えることができます。特にこの年頃は、何をどのように演じようとも幽玄(華やかな美しさ)です。しかしこれは「時分(その時だけ)の花」であり「まことの花」ではありません。この美しさに惑わされることなく、しっかり基礎的な技を丁寧に稽古させることが肝心となります。

12〜13歳くらいになると、日頃の練習の成果もあり、技術も動作もある程度身につき、大人顔負けのプレーをする選手も出始めます。しかしこれは、この年代での輝きと技術であり、まさに「時分の花」であるため、慢心させることなく、将来のためにも基礎技術を真摯に練習させ続けなければなりません。

“この頃の稽古 易き所を花に当てて 技をば大事にすべし”
ミニバスの小学校6年生にも身長180cmを超えるオールラウンダーを見ることが珍しくなくってきました。長距離のショットを打ったり、体を当てながらドライブを仕掛けたり、豪快なブロックショットをしたりとコート上のヒーローとなっています。しかし、この選手を息の長い選手として、生涯バスケットボールに携わってもらうためにも、基礎基本をしっかりと身につけさせなければなりません。こういった選手ができる部分はみんなで褒め、決して叱ることなく基礎基本をしっかりと練習しましょう。

過去に中学校1年生〜3年生まで約10人のスクールを指導したことがあります。そこに中学生1年生の男の子がいました。3Pの確率が非常に高い選手で、ハーフコート内であれば、どんな距離でも決めるくらいでした。試合をしても3Pの確率は高く、コート上での輝きは正に幽玄でした。しかし、試合で積極的に3Pを打つこと、決めることを継続して褒めながらも、その他の技術の向上を中心に、基礎基本を気を緩めずにしっかりと練習しました。彼は今年の4月から名門大学の大学生となり、インカレでの活躍を目指してがんばっているようです。

【ポイント】慢心して怠ることがないよう真摯に只管に基礎技術を大切に練習させなければなりません。若い年頃にどれだけ基礎的な練習をしたかが人の一生を左右することになります。

 

4、「『風姿花伝』に学べ!」~其ノ壱 「年代別指導指針」編③~

『風姿花伝』第一章「年来稽古条々」では、年齢に応じた稽古の仕方について示しており、まさに「年代別指導指針」と言えます。約620年前に世阿弥によって書かれた「年代別指導指針」をバスケットボールの指導を考えながら見てみましょう。

★17~18歳から「一生の分かれ目はここだ!」(少年後期)

“この頃は あまりに大事にて 稽古多からず”
“この頃の稽古には ただ 指を指して人に笑はるるとも それをばかえりみず 内にては声の届かん調子にて 宵 暁の声を使ひ 心中には願力を起こして 一期の境ここなりと 生涯にかけて能を捨てぬより外は 稽古あるべからず”

この年頃に人生最初の難関がやってきます。成長により少年前期の花はなくなりますが、一生の分かれ目はここだと自覚させ、生涯をかけて精進できるよう稽古させなければなりません。自らの才能に絶望したとしても諦めずに努力する姿勢を身につけさせ、無理をせずに稽古させることが、次の飛躍へと続くことになります。世阿弥も根性論での指導を否定しています。

17〜18歳くらいになると、夢と現実に悩む時期がやってきます。プロ選手としてプレーしたい、実業団で働きながらプレーしたい、大学に進学したい、でも将来の就職を考えた進路選択を、、、少年前期で花があった選手であればあるほど、現実とのギャップに悩むかもしれません。しかし大切なことは、大事な時期であるため、決して無理をしないということが重要です。そして、一生バスケットボールに携わっていくという覚悟をさせることも重要です。

“…内にては声の届かん調子にて 宵 暁の声を使ひ 心中には願力を起こして 一期の境ここなりと 生涯にかけて…”
ここで重要なことは「無理をしない=練習をしない」ということではありません。明け方の練習も、普段の練習も、夜の練習も、科学的根拠に基づいて練習の質と量を考えながら最大限に行うことです。この年代では、プロ顔負けのプレーをする選手もいるでしょうし、まだまだ届かない選手もいるでしょう。しかしこの年代で「この道より我を生かす道はなし、この道を行く(武者小路実篤)」と覚悟を決めてバスケットボールに打ち込む選手にしてあげなければなりません。そしてもう一つ重要なことは、絶対に気力を沮喪せしめぬこと、挫折をさせないことです。

私は高校の指導が長かったので、教えた選手たちの話をしたいところですが、あまりに全員に思い入れが強く、1人を例に絞るのが無理なので、あえて自分の話をします。。。
私はミニバスの時の「ある事件」がきっかけで、一生バスケットボールを続けようと決めました。中学校では大きな怪我をしたものの、同級生や先生のおかげで一定の評価をいただく強豪チームの一員としてプレーさせてもらうことができました。

高校では、毎日厳しい練習でしたが、1週間に1回は休養日、水曜日は体育館が使用できないため筋トレ・陸トレ、火曜と金曜は前半に筋トレ、後半にコート練習、月曜と木曜はコート練習のみで、土日のどちらかで練習試合でした。まさに質と量がしっかりと考えられていました。朝練習も居残り練習も自由でしたが、厳しい監督に、この時だけは優しくアドバイスをもらえるので、電車の時間を考えながら行なっていました。
私たちの地区には、当時日本一だったあの能代工業が1回戦から登場します。高校2年生の新人大会の決勝で能代工業と対戦し大差で負け準優勝でしたが、まさに“ただ 指を指して人に笑はるるとも…”だったと思います。能代工業のスゴさに圧倒された40分でした。しかし、監督は練習量を増やしたり、厳しく指導したり、ましてや体罰なんて全くありませんでした。選手の実状に応じて無理をせず、必死懸命な姿勢を伸ばしながら、実直に指導してくださいました。そのおかげで、この先生のような指導者になりたい。そして将来は先生のチームを倒してみたいと思うようになったのです。

【ポイント】生涯をかけてバスケットボールに携わってもらえる人材になるよう、決して無理することなく、意気が挫けることがないよう練習させ、将来に繋げましょう。

新聞記事になった写真より
ローポストからのターンショット!…は
見事なトラベリングだったようです…


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5、「『風姿花伝』に学べ!」~其ノ壱 「年代別指導指針」編④(まとめ)~

『風姿花伝』第一章「年来稽古条々」では、年齢に応じた稽古の仕方について示しており、まさに「年代別指導指針」と言えます。約620年前に世阿弥によって書かれた「年代別指導指針」をバスケットボールの指導を考えながら見てみましょう。

「年来稽古条々」では人生を7段階に分けています。昨日までで3段階進みましたが、今日は一挙に7段階の全てを見てみましょう。
★7歳…稽古を始めるころ。自ずと備わった風情があるので、子供の心の赴くままにやらせるのがよい。
★12歳〜13歳…それだけで幽玄である。しかしその花は本当の花ではなく、その時限りの花。しっかりと基本の稽古をすることが肝心。
★17歳〜18歳…人生で最初の関門。ここが生涯の分かれ目だと思い、諦めずに稽古を続けよ。ここでやめれば終わってしまう。
★24歳〜25歳…新人の珍しさから名人に勝ったりもするが、そこで自分は達人であるかのように思い込むことほど愚かなことはない。そういうときこそ「初心」を忘れずに稽古に励め。
★34歳〜35歳…この年頃までに天下の評判を取らなければ「まことの花」とは言えない。これまでの人生を振り返り、今後の進むべき道を考えることが必要。
★44歳〜45歳…花が失せてくるのは明白。難しいことはやらずに、得意とすることをするべき。後継者に花を持たせ、自分は控えめに。
★50余歳…もう何もしないという他に方法はないが、本物の能役者であれば、そこに花が残るもの。老いてもその老木に花が咲く。

こうして人生の7段階を見ると、人生は34歳〜35歳で決まってしまうのかもしれません。非常に厳しいことがわかると思います。振り返ってみると、私は34〜35歳のときに和歌山トライアンズのACになりました。人生が大きく変化した時期でもありました。今年43歳になるわけですが、来年ぐらいから、だんだん花が失せ、得意とするべき道を進みながらも、後継者に花を持たせる時期に入ってくるのかと感じています。

実は、このシリーズを始めたのは1つの疑問からでした。バスケットボールというアメリカ発祥のスポーツをしていながらも、私たちが子どもたちに指導するときに発する言葉、一挙手一投足などは、やはり日本文化を土台として行われているのではないだろうか。そうすれば日本文化において指導や練習、所作の習得はどのように行われてきたのだろうか。日本文化を学び直すことで、もう一度日本の指導について考えることができるのではないか。このようなことから古典を引っ張り出して学び直しております。
尊敬するジョンウッデンコーチの「指導者とは、人々に意欲を起こさせるために銃を必要としない人のことである」という言葉も本当に素晴らしい名言ですが、日本社会では「銃」が身近にないので、どこかしら溜飲が下がるまで時間がかかりました。やはり、日本人として築き上げた文化を知った上で、多角的な視野をもたなければならないと思っています。

【閑話休題①】
私がバスケットボールを続けて来た中で人生を変えるほどの衝撃を受けた試合がいくつかあります。
☆2003年 FIBA ASIA選手権 女子準決勝🇯🇵日本81-72韓国🇰🇷(2004年1月18日・ダブルオーバータイムの末)
アテネオリンピック出場を決めた「仙台の奇跡」と呼ばれる試合。私はベンチの真後ろで見ていましたが、この試合を見て、感じて「こういった舞台で試合をしたい」と強く思いました。OT2で矢野選手の3Pが決まった瞬間に流した涙は今でも覚えています。このときの私は26歳。この時期にこんな素晴らしい試合を見ていなかったら、今の私は無かったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日は~其ノ弐 「初心忘るべからず」編~をお送りいたします。何とぞよろしくお願いいたします。

2003年 FIBA ASIA選手権の閉会式後に内海先生がメダルを見せてくれました

◇参考文献:
世阿弥(2009)『風姿花伝・三道』(角川ソフィア文庫)竹本幹夫訳 角川学芸出版
世阿弥(2012)『風姿花伝・花鏡』 (タチバナ教養文庫)小西甚一訳 たちばな出版
土屋惠一郎(2015)『世阿弥 風姿花伝』(NHK「100分de名著」ブックス) NHK出版
林望(2018)『すらすら読める風姿花伝』(講談社+α文庫)講談社
世阿弥(2019)『風姿花伝 創造とイノベーション』 (今こそ名著 コンテンポラリー・クラシックス) 道添進編訳 日本能率協会マネジメントセンター

 

6、参考 JBAスポーツパフォーマンス部会ライブセミナー

JBA技術委員会のスポーツパフォーマンス部会では、スポーツパフォーマンスセミナーとして定期的なオンライン講習会が実施されて、事後には講義動画が資料も公開されている。

『育成年代におけるメンタルヘルス』というトピックスを扱った際には、下記の動画が公開された。

◇The Aspen InstituteのProject Play ※詳細はパフォーマンス部会ライブセミナーに詳しい

米国では、62%の子供がスポーツを始めてから1年後以内に辞めてしまうらしい。その要因は、精神的な重圧等が大きく影響している、というリサーチ結果が出ている。
何かが間違っているのではないか、という危機感を抱いたThe Aspen Instituteという団体も子供のスポーツ環境を考え直す啓蒙活動をされている。#DontRetireKid故コービー・ブライアント氏も熱心に取り組んでいたプロジェクトという。講義の中では、同団体が製作をした「スポーツを楽しめなくなった子供が”引退会見”」という設定の記者会見を題材とした映像が紹介されている。

「スポーツを楽しめなくなった子供の”引退会見”」

※講義で翻訳も紹介されていた。下記に転載。

・今日、僕はスポーツからの引退を宣言します。バスケも、サッカーも、野球も全てです。この年で、プレーをする上での重圧が余りにも大きいです
・親からの「顔を上げろ!もっと集中して前向きに取り組め」という言葉は、自分の事を想っての言葉である事は知っています。でも、もうウンザリです
・ゲームの大切な場面で、いつも僕の事をベンチに置く監督からも私は立ち去ります。
・楽しんでいる限りスポーツを続けたいと思いますが、今は楽しいと思えません。5歳の頃、仲間と共にスポーツを楽しんだ日々が懐かしいです。
・仲間との別れは寂しいですが、ここが引退すべき時だと決意しました。
・何か質問はありますか??

参考
女の子版

・「なぜ、お前はコーチが言った事を出来ない」や「人に比べて覚えが悪いとか」と言われ続けることにもうウンザリです。
・だから、私はスポーツから引退します。
※スポーツパフォーマンス部会の講義の中では、人によって身体的、及び、精神的な成長には個体差が明確に存在する事が紹介されている。

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。