「技能習得を重視する考え方は、勝利第一主義のコーチングより競争上の優位性を保てる」Positive Coaching Allianceレポート2

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前回の投稿では、Positive Coaching Alliance(以下、PCA)のミッションや、課題認識、それに対してのアプローチ方法、それを実現する為に彼らが提唱しているコーチング哲学の全体像を紹介した。

「『勝つこと』と『良い人間になる』は両立は可能である」がPCAの信念。それをダブル・ゴールと呼ぶ。ダブル・ゴールを実現する選手を導く手法をダブル・ゴール・コーチングとし、理想を具現化するためにコーチが留意すべき考え方、ツールを提示している。3つのキーワード「The ELM Tree of Mastery(熟達達成の為のELMツリー)」「The Emotional Tank(感情タンクを満たす)」「Honoring the Game(試合への敬意)」を軸に、コーチが選手と接する時、目標設定や理念、評価制度からチーム作りに着手する時、(特にユースチームの場合は)ダブル・ゴールを目指す中で、保護者とのコミュニケーションを図る中で意識すべき事、その方法についても基本指針を持っている。2017年2月の来日時にはスポーツに励む子供を持つ保護者向けのワークショップも開催された。勿論、小冊子『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』にも保護者へのページにも多くの説明が紹介されている。

今回の記事では、「The ELM Tree of Mastery(熟達達成の為のELMツリー)」に対して説明を加えると共に、日本体育大学 総合スポーツ科学研究センター 特別研究員、GSL編集部特別研究員である佐良土茂樹氏の翻訳書である『イレブンリングス 勝利の神髄』より、フィル・ジャクソンの発言を紹介する事を試みる。

ELMとは、ダブルゴールを目指すPCAの基本的な価値観の1つだ。The ELM Tree of MasteryはEfforts, Learning, bouncing back from Mistakesの文字から成立する。PCA代表のジム・トンプソン氏がスポーツ心理学の講義中に「自分がコントロール出来る事に焦点を当て、その他を遮断して視界に入れないようにしたとき、最高の結果を得る事が出来る」と、様々な心理学に共通する基本原理に着目したことで産声を上げた。その考えをスポーツ競技へ落とし込めた際に、数多くの事柄がコントロールできない領域に存在する事に気が付いた。「競技の得点結果」「対戦相手のレベル」「審判の判定」「その日の天候」「不測の怪我の有無」が代表例である。

そうなると、ジム・トンプソン氏は、勝利の定義を変更する必要性を迫られ、試行錯誤の上で、自分自身の努力の度合いや、技能熟達を重視する考え方に辿り着く。技能熟達を達成しようとする中で、その副産物として、競技における勝利が発生すると位置付けた。

※Positive Coaching AllianceのHP上では、彼らのコーチング哲学の資料が公開されている。

技能習得を重視する(全力を尽くせたかどうか、努力をしたかどうか)考え方は、勝利第一主義のコーチングより競争上の優位性を保てる

勿論、『「勝つこと」と「良い人間になる」は両立は可能である』を目指すことがPCAの信念であるので、競争相手への勝利という視点を忘れてはいない。「人生は助け合いであると同時に、競い合いの世界である」とも語り、勝利する事の重要性も強く理解している。

PCAは、技能習得を重視する考え方は、勝利第一主義のコーチングよりも、競争上の優位性を保てると主張する。書籍の中では、2000年夏のオリンピックでの、英国バーミンガム大学のジョーン・デゥダ氏の研究を紹介。熟達重視型のコーチに指導を受けた選手と、最終結果に重きを置くコーチに指導を受けた選手の比較検討の調査結果を紹介。技能熟達を重視して指導を受けた選手は、メダル獲得を重視した指導を受けた選手よりも、数多くのメダルを獲得したとする調査結果も存在するという。

成果目標と行動目標。行動目標にフォーカスする事は、成果目標を達成する助けになる

技能習得を重視する考え方やコーチングとは何か? それは、成果目標と行動目標というキーワードで分かりやすい。例えば、バスケットボールで非常に重要になるディフェンスリバウンドに対し、PCAでは「リバウンドを取る」という成果の目標ではなく、「フロアの状況を確認、自分がボックスアウトをすべき選手を把握、コンタクトをした上でジャンプを試みる」と行動すべき事に焦点を当て、行動目標として設定される。競技経験者であれば理解していただけると思うが、思わぬ形でボールが跳ねる事もあるし、抜群の跳躍力で予期せぬタイミングで飛び跳ね、ボールを奪っていく相手選手もいるだろう。仮に、そのようなケースに見舞われた際、次のディフェンスリバウンドシチュエーションで意気消沈していては、本来であれば取得できたはずのリバウンドボールを失う可能性も高まるばかりだ。どのような場面でも、やるべき事、自分が出来る最善の努力を怠る事で、結果的に、「リバウンドを取る」回数も増えるという論理である。

他には、対外試合での目標設定が非常に分かりやすい。勝利を目的に設定すると、大差でリードをしている場面では緊張感が薄れ、怠けたプレーが出てしまう。相手に大差を付けられている劣勢の場面では、敗戦濃厚の中でモチベーションが低下し、無気力なプレーが目立つ事も考えられる。その状況下で、コーチから怒鳴られ、叱責を受ければ、競技を嫌いになる事も十分に考えられる。

そこで、行動目標をコーチが提示、または選手同士で決定するような工夫を事前にする事で、いずれの状況下でも、自分達の進歩や進化に喜びを感じ、最善を尽くすことに意義を見出すようになるという。

B.DREAM PROJECT石井講祐選手「コントロール不可能な事にエネルギーを浪費しない」

GSLにて、B.DREAMプロジェクトでの講演レポート記事を公開した石井選手も「人や環境のせいにしない」というキーワードの中で「コントロール不可能な事にエネルギーを浪費しない。自分が決めた事に最善を尽くす」を自らの信念とした上で、振り返りの時間を設け、ノートに「自分の感情の変化を記録、客観化」する事で最善の努力を積み上げる工夫をした。練習生契約からプロ選手契約、そしてチームの主力選手へと成長。限られた時間的な資源、エネルギー資源をフル活用する事でリーグを代表する選手へと成長を遂げた体験談が語っていた。多くの読者にも共感して頂ける野ではないかと思う。

「魂を込めて物事を行う時、自分のうちに川が流れるのを感じる。それこそが喜びなのだ(“When you do things from your soul, you feel a river moving in you, a joy.”)

『イレブンリングス 勝利の神髄』の冒頭ではペルシア文学神秘主義詩人ルーミーの言葉を引用。「魂を込めて物事を行う時、自分のうちに川が流れるのを感じる。それこそが喜びなのだ(“When you do things from your soul, you feel a river moving in you, a joy.”)」冒頭の引用文である事からも、彼のお気に入りの一節であることが推察できる。行動に焦点を当てて、魂を込めて最善を尽くす事の意義や喜びを表現している。

それ以外にも、シカゴ・ブルズ、ロサンゼルス レイカーズ・レイカースでのコーチングの中で「結果ではなく過程(ジャーニー)にフォーカスする」を自分自身も実践し、選手にも理解してもらおうと試みている様子が書籍からは伝わってくる。ネイティブ・インディアンの思想、ネイティブ・インディアンの象徴的な装飾で満たし、好んでミーティングルームに用いていたトライバル・ルーム(部族の部屋)のエピソードも紹介されている。

日本のバスケットファンには馴染み深い「瞑想」については下記のように紹介。目の前の出来事、自分がなすべき事に意識の照準を合わせる事の重要性を伝える事、その為の訓練をする事を重視していたことが分かる。

『プレイヤーを含めた私達の大多数が、過去や未来をあれこれと思い悩むことに多くの時間を使いすぎているため、今この瞬間に目の前で起こっている物事から意識を離してしまっている為である。そして、それが妨げとなって、生の営みが持つ深い神秘が見えなくなっているのだ。カバット=ジンが著書『Whatever You Go,There you are『』(邦題:マインドフルネスを始めたいあなたへ)の中に記しているように「まだ訪れていない瞬間のことを好んで現在を無視する傾向によって、私たちは、自分達が組み込まれている」生命の網に対する自覚的な意識を至る所で失ってしまっているのだ」

残り2つのPCAの基礎哲学である「The Emotional Tank(感情タンクを満たす)」「Honoring the Game(試合への敬意)」については、さらに具体的な形でフィル・ジャクソンのアプローチや実践について、本人のコメントや書籍の引用を通じて紹介する予定だ。

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。