トヨタバスケットボールアカデミー参加レポート 第5弾

トヨタ バスケ 

「日本に来て良かったと思う事は、この2人のプロフェッショナルで優秀なスタッフとの出会いだ」

ベックコーチが語ったのは、前述の伊藤拓摩コーチともう1人。トヨタ自動車で19年もの間従事するトレーナーの荒尾裕文氏である。過去には、ジャック・シャロー、長谷川聖二、小野秀二、ジョン・パトリック、トステン・ロイブル、棟方公寿、そして現在のドナルド・ベック氏など、数多くのHCと仕事を共にしてきた。トヨタ自動車の愛称が電撃を意味するアルバルクになる以前のペーサーズという名称の時代から、荒尾氏はトレーナーとして従事している。

長きに渡ってチームを支えてきた間に在籍した選手は、トム・ホーバス、棟方公寿、関口聡史、田臥勇太、桜井良太、折茂武彦(敬称略)と日本のバスケット史を築き上げてきた著名な方々が並ぶ。日本リーグ、スーパーリーグ、JBL、そしてNBLとリーグはその名称を変え、国内のトップリーグとしての在るべき形、現存の経済活動の中での価値最大化に向けての活動を模索してきた。その期間、荒尾氏もトレーナーとして、選手と向き合い続けてきた。

19年間の活動を振り返り、時代やHCのスタイルによってトレーナーの役割や自身のスタイルも変化する。総論として、過ぎし日々を振り返ると「軍隊のように強制的に練習を課していた時代」から「選手のビジョン」を聞き、「それに対する意欲」を見定め、それをサポートするスタイルへと変遷していったという。19年の歳月を振り返って語られた言葉や表情には、その時々で持ち得る限りの情熱と知識を選手に注ぎ、選手、そしてチームにとっての最適解は何かと自問自答をする姿が垣間見れた。

現在のスタイルは「まず、選手にとっての理想のプレイヤー像、ビジョン」をヒアリングする事からスタートしている。この事に少なからず驚きを覚えた。

『モチベーション3.0』の著者としても知られ、人間のやる気を分析しているキャリアアナリストのダニエル・ピンク氏の「モチベーション3.0論」ではないが、選手が内面からの欲求に基づいて自らの目標像に到達するために、トレーナーという立場から選手に接している様子が連想できる。

※「生存や安心に基づく動機づけ」を1.0。アメとムチに駆り立てられる動機づけ」を2.0。「自律性」「マスタリー(熟練)」「(大きな)目的(意識)」 に基づく動機を3.0と定義。創造性を要する高度な知的業務に携わる現代の労働者には、重要な「やる気」の源泉だと主張している

参考:「やる気に関する驚きの科学

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「チームトレーナー」と「パーソナルトレーナー」との区別はあえてしないようにしている

だが、荒尾氏の役割は、肩書のとおりであるがトヨタ自動車アルバルク東京のトレーナーであり、選手のパーソナルトレーナーではない。選手に対して、「どのようなゴール像を持っているか?」と十分にヒアリングした上で、チームのコンセプトとの照らし合わせを実施。求められるパフォーマンスを説明し、それに対して必要となるトレーニングを理解させる。そこには、選手の理想像と、チームが求める要求とのギャップも少なからず存在するはずだ。その部分の擦り合わせも荒尾氏の重要な役割である。

チームの要求水準まで選手のコンディションを持っていく役割と、選手が目指すプレイヤー像へ到達するためのサポートをする役割と、その両者は、必ずしも同じベクトルになるわけではない。筆者の素朴な疑問に対して、荒尾氏は明確な回答をくれた。

「まず、私の立ち位置としては、『チームトレーナー』と『パーソナルトレーナー』との区別はあえて付つけないようにしています。なぜなら、選手やコーチからは両方の役割を求められるからです』

では、チームの要求と、個人の目標設定とのズレが発生した場合にはどのように対応をしているのか。まず、第一の解決策は「具体化」にあるという。例えば、「インサイドを強くしたい」という選手の目標に対して「インサイドにおけるフットワーク能力」という具体的な改善項目へと落とし込んでいく作業を繰り返すことで、チームの要求、選手の目標とを擦り合わせていく。

「チームからの要求は、『走れるチーム』『当たりの強いチーム』『シーズンを通したピークへの持っていき方』など全体論的な要求と、同時に選手個々のパフォーマンス向上の要求があります。選手からは、まず今年は『〜したい」とか『〜のような身体を作りたい』といった要望が出てきます。しかしそれらの要求は以外と漠然的であったり、チームが欲する要望とズレがあったりします。

そこで、オフの鍛練期が始まるまでに、コーチ陣と選手との中でその選手のゴール像を『より具体的・専門的』な共通ゴールとしてもらいます。特に『より専門的に』というのは、単にインサイドを強くとか、3Pの確率を上げるといった漠然的なものではなく、『インサイドにおけるフットワーク能力』とか、『3Pにしてもキャッチ動作からの体軸のブレを修正』という具合に、修正点や改善点を出来るだけ具体的に出しておきます」

漠然としたイメージでは、お互いの意見を擦り合わせることも難しい。チーム全体を見る立場、個人のパフォーマンスアップをサポートする立場。その両面で、より具体的な課題に落とし込む。同時に、それは選手にとっても、日々のトレーニングの目的や理由が明確になる。

「パワフルな目的理由(why)は、必要なやり方(how)を連れてくる」(池田貴将『未来記憶』などの著者)という言葉があるが、目的が明確であり、かつ、必要なやり方はトレーニングの専門家が一つひとつ丁寧に理由を説明しながら実施していける。トップリーグの奥深い世界を垣間見た。
  

「選手から、あるいはコーチからヒアリングを行い、修正点や改善点をまとめた上で実際の指導を始めていきます。時には、より医学的アプローチから始める場合もあります。個人的に肩書きや呼び名はあまり気にしませんが「技術・戦術」以外の「チームパフォーマンス」や「個人パフォーマンス」を上げることが自分の仕事だと思っております。またそれが理想だと考えています」

伊藤ACとの連携

実際の講義の内容に戻る。さて、この日の主なテーマは①筋力②心肺機能③Basic Fitnessという項目。筋力の項目では、両脚、片脚、スタミナ、フットワークについての説明がなされた。トヨタ自動車アルバルクではスクリーンを多用する戦術を採用するため、まず両脚で「耐える」力が必要となると具体的な説明が続き、参加者からは「腑に落ちる」というような表情を浮かべた人が多かった。単純に「パワー」という言葉で片付けるのではなく、具体的な言葉での説明である。そして、「エンジンに見合ったタイヤ、ボディを身に付ける」という言葉が強調された。大切なのはパフォーマンスを決定づけるあらゆる要素のバランスとでもいえようか。

両脚の説明では、スクワットの基本的な姿勢をデモンストレーションの選手を交えて解説。その後、メディシンボールなどを頭上に挙げる、または、胸の前に手を伸ばした状態でメディシンボールを持って行うスクワットを紹介。ベーシックなメニューでも少し工夫を加えるだけで重点的に鍛えられる箇所が変わってくる。

トヨタ バスケ クリニック
荒尾・伊藤両コーチの連携がトヨタの成功に不可欠だ

片脚のセッションでは、ランジについての基本的な説明に始まり、ここでも捻りを入れながらメディシンボールを持つといったバリエーションを紹介。また、片脚で姿勢を維持する際にトレーナーがバランスを崩すように押すなど、バランス感覚を要求するメニューについて言及。詳しくは、荒尾氏の著書『バスケットボール 個人技が飛躍的にUP!する体幹トレーニング』に記載があるが、理念としては「トレーニングルームでの筋力トレーニングだけでは終わらないように、フロアで行うトレーニングと併用することで実戦で役に立つ肉体」を築き上げようとする考えである。

 

さらに、スタミナのセッションでは、最大酸素摂取量という科学的指標となる数値についての説明がなされた。例えば、コートを使っての走力トレーニングを実施した直後に1対1の練習を課す、など、実戦を想定して行われているトレーニングが紹介された。

また、ここで特筆すべきは、パートナーでもある伊藤琢磨ACとの連携である。例えば、「自分の身体をコントロールできるバランスを保ち、方向転換、ストップができ、常に見えているスピード」と定義とするgood speedに対して、荒尾氏も、トレーニングメニューの意図を受講者に伝える際に「good speedのベースを上げるためのトレーニングです」という言葉で説明する。これは推察であるが、選手にもトレーニングの意図を伝える際に「good speed」という言葉を使っているのではないか。トップリーグのチームのスタッフ間では当然なのかもしれないが、選手と接するコーチ、トレーナー間でのコンセプト、重点課題の共通理解が徹底されている。

また、フットワークを向上させるトレーニングでは、下図のようにコートを使って様々なステップを組み合わせるトレーニングも実施。その際には、これも伊藤ACの講義で出てきたキーワードである「見る」を導入している。例えば、下図のようなフットワークを実施する際、選手がドリルをスタートするタイミングを調整し、あえて「衝突する」ような状況を作る。当然、ドリルを遂行する中で選手は高いスピードで行うのであるが、同時に「見る」ことも求められる。

荒尾 裕文 トヨタ自動車
©君塚鉄筋株式会社

以前のレポートにも書いたが、ダイナミックストレッチなどを行う際にも、1つのグループはサイドラインからスタート。もう一つのグループはベースラインからスタートする状況を作り、周りを「見なければ」衝突が起こるような状況を作り出している。細部にまで行きわたったコーチ陣のコミュニケーションと、それぞれの担当領域を超えての連携。コート上のプレイのように目に見えることはないが、とても美しい連携である。

トヨタバスケットボールアカデミー参加レポート 第6弾に続く(7月中旬更新予定)

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。