「勝つこと」と「良い人間になる」の両立(ダブル・ゴール・コーチング)を目指す 、Positive Coaching Alliance(PCA)の哲学

「勝つこと」と「良い人間になる」の両立(ダブル・ゴール・コーチング)を目指す 、Positive Coaching Alliance(PCA)の哲学

2017年末頃、NBAの新しい取り組みとしてJr. NBA世界選手権(男女各)の開催構想が発表された。プロジェクト概要サイトに掲載されているスローガン”70+ countries. 32 teams. 1 global event. Are you ready?”の通り、アメリカ各地域の予選王者である8チームに、世界各地の地域予選を勝ち抜いた8チームが参戦。男女各16チームが集う大会は2018年8月上旬にフロリダ州で開催される。

NBAが主催する初のユース世界大会である事からも、各地区のトップクラスの若き才能たちが世界から集う事から競技レベルも非常に高くなるだろう。また興味深いのは、同大会を通じて、オフコートでの活動や、ライフスキルの獲得にもNBAがテーマを設定している事だ。TEAMWORK(チームワーク)、RESPECT(リスペクト)、DETERNATION(決意、意思の強さ)、COMMUNITY(コミュニティ)の4つの価値観を核とする事が発表されており、ドウェイン・ウェイド(クリーブランド・キャバリアーズ)、キャンデス・パーカー(ロサンゼルス・スパークス)がリードグローバルアンバサダーにも就任している。

オフコートでのプログラムで提携団体として名を連ねるのがPositive Coaching Alliance (ポジティブ・コーチング・アライアンス)だ。Positive Coaching Allianceは、NBAとUSAB(アメリカバスケットボール協会)が史上初のユース・バスケットボール・ガイドラインを制定した際にも、同ガイドラインを指示する団体として登場しており、NBAファンの中にも耳にした人がいるかもしれない。

実は、2017年2月中旬、NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブと一般社団法人アショカ・ジャパンの共済事業によりPositive Coaching Allianceの講師を招いて約1週間ほど、関東各地でワークショップが開催された。GSL編集部でも片岡・岩田が参加し、彼らのコーチング哲学などをFacebookページにて投稿している。今回、日本のジュニア世代にも影響を与えるであろうJr. NBA世界選手権の提携団体として名を連ねている事もあり、過去の投稿記事にも価値があると考え、当時のワークショップ内容などを再投稿する。NBAの新プロジェクトとも連動機関として提携をしているPositive Coaching Allianceの活動の一端などを知る契機になり、読者の方へ何かしらのインスピレーションを提供できれば幸いだ。

「勝つこと」と「良い人間になる」の両立(ダブル・ゴール・コーチング)を目指すコーチング哲学

2月10日(金)原宿if spaceにて、スポーツコーチング・イニシアチブと一般社団法人アショカ・ジャパンとの共催により、Positive Coaching Alliance(PCA)のワークショップが開催された。

Positive Coaching Allianceとは、「勝つこと」と「良い人間になる」の両立(ダブル・ゴール・コーチング)を目指すコーチング哲学や手法を通じて、ユース世代のスポーツ体験をより素晴らしい時間にする事を目指す米国NPO団体。”Better Athletes, Better People”を合言葉とし、ジム・トンプソン氏が代表を務める。

2月10日から14日に渡り、都内各地で開催されたPositive Coaching Allianceのワークショップは非常に盛況で多くの参加者が集まった。参加しているコーチには、ラグビーや野球の関係者が多かったことも特徴だ。これは、共催団体であるNPO法人スポーツコーチング・イニシアチブの代表者がラグビー経験者、また、ポジティブ・コーチング・アライアンスのジム・トンプソン氏が野球の出身という事も影響しているかもしれない。

Positive Coaching Allianceのワークショップ
当日のイベントの様子

しかし、Positive Coaching AllianceのHPなどを拝見すると、バスケットボール界でも非常に著名なコーチがアドバイザリーボードメンバーとして名を連ねている。バスケットファンであれば、以下に挙げる方々の名前を見る中で、PCAが提唱する価値観を連想しやすいかもしれない。

マイアミ・ヒートなどで献身的かつクレバーなプレイヤーとして活躍し、優勝リングをつかみ取ったシェーン・バティエ、マイケル・ジョーダンとのライバル関係で知られるジョー・デュマース、ボストン・セルティックスを見事な手腕で指揮するブラッド・スティーブンス、ゴールデンステイト・ウォリアーズの指揮官スティーブ・カー、NBA優勝経験を持ち、現在はロサンゼルス・クリッパーズで活躍するドック・リバースなどが並ぶ。さらには、アメリカ代表チームのキーマンであるジェリー・コランジェロに加え、シカゴ・ブルズ、ロサンジェルス・レイカースでの活躍で広く知られるフィル・ジャクソンもPCAの活動に賛同。National Spokespersonとして、書籍の前書きも担当しているほど。

この考え方が全てであると主張するつもりもないし、アメリカと日本を取り巻く競技環境には多くの部分で違いがある事も認識をした上で、PCAが提唱する価値観(「勝つこと」と「良い人間になる」の両立(ダブル・ゴール・コーチング)を目指すコーチング哲学)とバスケットボールの親和性が非常に高いと感じている。

下記、「勝つこと」と「良い人間になる」の両立(ダブル・ゴール・コーチング)を目指すコーチング哲学の具体的な内容の紹介となる。

「ユーススポーツを変革せよ、さすればスポーツは若者の変革をもたらす」

PCAは「ユーススポーツを変革せよ、さすればスポーツは若者の変革をもたらす」をミッションとする団体である。“Better Athletes, Better People”をスローガンとする。

スポーツの特性は「瞬時に思考-行動の切り替えを要求する状況の繰り返し」

この日のワークショップで講師を務めたTony Asaro氏の講義、そして、小冊子『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』によると、彼らは、少年・少女のスポール体験を非常に価値のある、人生の中で貴重な経験を詰める場であると信じていることが分かる。スポーツの特性を「瞬時に思考-行動の切り替えを要求する状況の繰り返し」と分析し、だからこそ、人間の成長を促す素晴しい機会と捉えているからだ。

だが、彼らが参考にした研究結果の1つには、ユーススポーツをする人の70%が、13歳までに完全にやめてしまうデータがあった。PCAにとっては、それは由々しき事態であり、本来であれば素晴らしい体験や経験をもたらすはずのスポーツ体験が、必ずしも、選手にとって幸せな空間ではないことに問題意識を持っている。

怒鳴り屋のコーチや、際限なくネガティブな姿勢を表に出すコーチのやり方が世の中に受け入れられ、正当化され、称賛を集める事は良い事なのか?

例えば、勝利を追求するという名目のもと、怒鳴り屋のコーチや、際限なくネガティブな姿勢を表に出すコーチのやり方が世の中に受け入れられ、正当化され、称賛を集める事すらある。また、悪気はないものの、本来の目的に反するやり方で若い選手と接してしまい、選手は萎縮をし、やがて競技を嫌いになり、スポーツから離れてしまうケースも発生している。

「勝つ事」と「良い人間になる事」の両立を目指す。「たった今、目の前で起きていることに集中できない」「今、取り組んでいることから心と頭が離れてしまう」ネガティブな状況を作り出さない

それを解消しようと、PCAが推奨するのが「『勝つ事』と『良い人間になる事』の両立を目指し、選手を導く「ダブル・ゴール・コーチ」である。その結果、スポーツを通じて、ポジティブな人間性を育むことができると語る。PCAの指すポジティブな態度とは、「より多く、より早く学習する」「より良い決断ができる」「逆境に強くなる」「常に前進する」という特性を持った人間であり、「それこそがアスリート(スポーツに打ち込んできた人間)の最大の魅力」を意味する事も触れておきたい。
(ちなみに、ネガティブさを「たった今、目の前で起きていることに集中できない」「今、取り組んでいることから、心と頭が離れてしまう」と位置づけ、文字通り、ポジティブの対義語としている)

“Better Athletes, Better People” PCA哲学を実現する3つのキーワード

「ダブル・ゴール・コーチ」を実現する為には3つのキーワードが重要となる。ワークショップでは、その内容についても、時折に参加者同士のディスカッションや質疑応答を交え、インタラクティブな中で進められた。「The ELM Tree of Mastery(熟達達成の為のELMツリー)」「The Emotional Tank(感情タンクを満たす)」「Honoring the Game(試合への敬意)」の3ワードが、それである。

The ELM Tree of Mastery(熟達達成の為のELMツリー)

ELMとは、Efforts, Learning, bouncing back from Mistakesの頭文字。それぞれ、努力、学習、ミスから立ち直る強さを意味する。他人の状況や、環境に左右される「結果の目標」ではなく、「行動の目標」に焦点を合わせる事である。バスケットボールの世界でいうと、サンアントニオ・スパーズのグレッグ・ポポビッチが提唱するパウンディング・ザ・ロック(Pounding the Rock)。の哲学に近い部分もあるかもしれない。

The Emotional Tank(感情タンクを満たす)

選手の精神状態やエネルギーレベルに留意し、それが高まることを支援するための考え方や行動をコーチが取るための指針である。批判や称賛の手法や、必ず守るべき原則、コーチが省みるべき言動のリストが紹介される。その中の1つに「許可を求める」という哲学がある。これは、選手に批判や提言をするときに、「もしかしたら、君の成長を促すかもしれないアイデアがあるのだけど、話をしても良いかい?」と選択の余地を与える事。頭ごなしではなく、選手の立場を尊重していることを示すためにコーチに必要な礼儀である、という考え方だ。

また、称賛と批判にも適切な割合があるらしい。シカゴ・ブルズで初期3連覇を成し遂げた主要メンバーの1人であり、B.LEAGUE開幕戦でも来日したホーレス・グラントとフィル・ジャクソンの関係に詳しい。これについては次回で紹介する。

Honoring the Game(試合への敬意)

ROOTSという単語に哲学が凝縮されているが、それぞれ、Rules(規則・ルール)、Opponents(対戦相手)、Officials(オフィシャル)、Teammates(チームメイト)、Self(自己)の頭文字。この5項目を尊重することで、試合への敬意を表す。そして、それこそが選手自身を成長させる近道である。特に、Opponents(対戦相手)には「対戦相手は、自分たちがより良くなる為のギフトだ(A worthy opponent is a gift)」という考えが込められている。非常にスポーツマンシップに溢れる考え方だと感じた。

ここでは、簡単な説明に留める。より詳しく知りたい方は、冒頭に記載した小冊子『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』に詳しい。

以上が、「「勝つ事」と「良い人間になる事」の両立を目指し、選手を導く「ダブル・ゴール・コーチ」の基礎的な哲学となる。次回は、GSL編集部でも関連の深い『イレブンリングス 勝利の神髄 』(フィル・ジャクソン著/佐良土茂樹 翻訳)より、3つのキーワード(「The ELM Tree of Mastery(熟達達成の為のELMツリー)」、「The Emotional Tank(感情タンクを満たす)」「Honoring the Game(試合への敬意)」に関する内容の具体例を紹介していく予定だ。

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。