トヨタバスケットボールアカデミー参加レポート 第6弾
トヨタバスケットボールアカデミーのレポート第6弾。ひとまず完結となります。今回はトレーナーの荒尾裕文氏の講義にフォーカスした後編となります。それではお楽しみください。
第5回、荒尾裕文氏の前編はこちら
1週間サイクル制度
また、トヨタ自動車ではシーズン準備期間のチーム練習について「1週間サイクル制」を敷いている。これは、チーム練習として2部、3部練習に渡る集中的なウェイト、走り込み、バスケットのトレーニングの練習を合宿的に行った翌週は、チームとしての活動はOFFとし、またOFF明けから、中期・長期計画に則って練習がスタートするというシステムである。
この期間、チームとしての活動は行わず、選手は自由に時間を使えるという設定である。練習場は開放され、自主トレに励む選手は自主トレに励む。しかし、あくまでも選手の自主性に任せられている。一方スタッフ陣もOFFかというとそうではなく、練習拠点には通常通りに現れ、選手からの質問などがあれば積極的に対応する。この制度はトレーニングだけではなく、伊藤ACが担当するバスケットセクションについても同様である。
「様々な考え方があるが、これによる利点は多くある。1つは、集中的にやる期間で本当にハードに選手を追いこめること。また、その翌週にOFFにするといっても、OFF明けの練習強度が0からリセットしてスタート
するわけではない。OFFの期間に選手はコンディションを整え、翌週からの鍛錬期に備える必要があり、時間の過ごし方やコンディショニングを考えて過ごす必要性が出てくる」(伊藤AC)
一週間のフリー期間を設けることにはリスクも伴う。5年前のシーズンからスタートしたこの取り組みについて、開始当初は手探り感もあり、翌週のチーム練習開始時にコンディション調整にズレが生じ、求める練習強度を実施できずに調整が必要となることもあったようであるが、それも選手にとっては経験値である。このやり方を繰り返したことで選手も調整の仕方が分かってきたと感じることも多く、また、選手との会話の中に手応えを感じているという。
荒尾氏が担当するフィジカルの部分では、会話の専門性が非常に高くなっているようだ。選手自身が考え、勉強し、知識をつけてきている証である。「日本のスタイルは指導者からの指示を待つ選手が多い。トップリーグまで昇りつめた選手にも、もっと考えることを要求したい。この練習サイクルの一番の目的は、選手自身が、まず自分で考えて行動することだ」という。オフの1週間で選手は何もしなければ翌週の練習にはついていけない。もちろん、そのような事態が続けば、その選手にはトップリーグの舞台に立つチャンスは与えられないだろう。
前週の疲労を取り、翌週に向けてのコンディションを整える。自身の課題を克服するために個人ワークアウトを実施する。その際、選手から希望があればコーチ陣も付き添ってワークアウトを指導するが、あくまでも選手の自主性に委ねる。新人選手には、都度細かな指導を実施し、考える材料を提供する。また、オフに入る前には選手個々と相談し、隔週オフ期間のチームイベントや疲労状態等々を考慮してアドバイスを与えることでリスクマネジメント、および選手のサポートを行っている。
自ら考え、行動する選手。刻一刻と状況が変わり、混沌とした中で様々な判断を必要とするバスケットボール競技で優れたパフォーマンスを発揮するためには、何よりも考える習慣が必要である。「考えろ!」と要求するだけではなく「考えなければ生き残れない」状況を作り出す部分に、様々なリスクもある中での覚悟が見えてくる。
屋外トレーニングの意図
また、この日の講演では詳しく語られなかったが、トヨタ自動車アルバルクの鍛錬期のトレーニングと言えば野外での非常にハードなラントレーニングを連想される方もいるのではないだろうか。以前、月刊バスケットボールでも、熊谷選手(現NBL三菱)がモデルとなりトヨタ自動車で行われている鍛錬器のラントレーニングが特集されていた。また、NBDL東京エクセレンスの選手兼GMとして活躍している宮田諭選手のトヨタ自動車アルバルク在籍中のブログ記事でも、過酷なトレーニングについて記述があったのをコアなバスケット愛好家であれば覚えているはずだ。
屋外トレーニングの利点は何なのか?という筆者の素朴な疑問にも荒尾氏は丁寧に回答をくれた。まず、鍛錬期のトレーニングとしては屋外トレーニングの割合が多いということ。6:4ほどの割合で屋外でトレーニングを重ねているようだ。
「バスケットにおけるフィットネス(フィジカル)トレーニングは、屋外トレーニング、ラントレーニング、ウェイトトレーニング、ファンクショナルトレーニング、サーキットトレーニングなど色々ありますが、どれが一番良いというものは無いと思っています。パフォーマンス向上の直結するトレーニング要素は上記の種目どれにも入っています。それぞれの種目を時期に応じてコーディネートして効率よくプログラミングするのが私の役目かと思います。
オフの期間は、筋そのもののポテンシャル(最大筋力と耐乳酸能力)を上げる時期と考えていますので、例えば、屋内の走り込みの場合、スプリントではターンでオールアウトになってしまいます。屋外では、ターンよりも走りそのもので追い込むことができますので、それが理由の1つです。スペシフィックトレーニングはほぼ通年行っています。パフォーマンス動作の中で機能的エラーが発生した場合はそれを修正し、改善すれば負荷を上げていく。これの繰り返しです」
なるほど、体育館ではコートの長さに制限があるため、スプリントトレーニングにしても制限が加わるが、屋外であればそのような制約から解放されるという事である。
「プロ」にだから求めること
前回の記事でまとめた「選手の理想像をヒアリングしてから」のトレーニング指導のスタート。そして、選手の自主性を尊重した思い切ったオフ期間の設定。どれも、トレーナーとしては、選手に対して気を配る部分、不確定要素を増やすことでの不測の事態など、全体的な仕事のボリュームを比べると、トレーナーの仕事は増えるのではないか。また徹底的に管理をした中でトレーニングを積ませる手法の方が短期的な目標達成への道筋は近いと思われるが、荒尾氏が志向していることは、プロのアスリートにとって大切な「選手自らが考え行動する」という思考習慣、行動習慣を身に付けることである。
「つきなみな言い方ですが、『選手自らが考え行動すること』がプロアスリートにとって最も重要だと思います。もちろん何も考えず練習している選手はこのレベルにはいません。皆良いプレイ、良いパフォーマンスを目指しトレーニングに励んでいます。その彼らの思考をより専門的、具体的にしてあげるのが我々の役割だと思っています。
また全て強制で行った方がゴールに到達するのは初めは早いかもしれません。しかし、自分の体のことを深く理解できないまま進んでいってもいずれパフォーマンスは頭打ちになると思います。よく現場やクリニックで話していますが、チームのウォームアップは、選手全員のアベレージに合わせた量、強度に設定しているため、ほとんど毎回変わりません。しかし、選手自身の体の状態は毎日変化しています。チームアップの量、強度がその日の自分にとって適切かどうかは、まず自分で判断しなければなりません。そして、足りなかったり充分すぎれば調整することが必要で、それができる選手こそが常に試合で安定したパフォーマンスが発揮できるのです」
大歓声の中、劇的な幕切れで涙を呑んだ天皇杯の決勝戦。そこから立て直しを図り、レギュラーシーズン後半戦の連勝街道の勢いと自信を持って挑んだNBLプレイオフセミファイナルでは、東芝ブレイブサンダース神奈川の前に2連敗。特に、最終戦は前半の大量リードを守れないまま、東芝の圧力の前に飲み込まれてしまった格好となった。ファジーカス選手の高さ以外にも、セドリック・ボーズマン選手の強靭な肉体からなるポストプレイでの連続バスケットカウント、その他にも、大西選手らにオフェンスリバウンドを許す場面など、押し込まれる場面も目立った(ように筆者は感じた)。
失意の中でトヨタ自動車アルバルク東京の2013-14年シーズンは幕を閉じた。チームの顔であった看板選手の契約満了や、期待の大卒ルーキーの加入など、チームには新しい風が吹いている。それでも19年間に渡ってチームを支え続けてきた荒尾氏の戦いは変わらずに続いていく。管理するだけではなく、自由と責任を与える中で選手が考える。それは、強制されたことを消化するための思考よりも深く、広く、そして、より細部まで考えを巡らせることが要求される。
その積み重ねの中で生まれていく選手の深い理解と、本当の強さ。そして、トレーナーやコーチングスタッフも思索を重ね、チームにとって、選手にとっての最適解を探し続ける。選手の入れ替わりがあっても、この伝統は継承されていくだろう。
今回のレポートは、「2020年の東京五輪に向けても、バスケットを愛する者同士で情報を共有し、より有益な指導体制を作っていきましょう!」という荒尾氏のご厚意と情熱により、講義では伺えなかった様々な考えも教えて頂きました。おそらく、全国各地のバスケットボールを支えてくださっているミニバス・中学校・高校の多くの指導現場では専門のトレーナーによる指導体制は構築しにくい状況であるとも思いますが、本レポートがトレーニングの参考に、または、選手の自主性を引き出す練習環境の設定や、コーチングのアイデアの参考になれば幸いです。
今回、トヨタ自動車アルバルク東京の新岡マネージャーにご協力いただき、トレーニング中の写真などをご提供頂きました。同チームのFBページでは開幕までのカウントダウン企画として、工夫を凝らした様々な写真を公開中!
この記事の著者
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1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。
宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。