「名選手名コーチにあらず」の理由 〜暗黙知を知る〜

tacit-knowledge
通常であれば「名選手名監督にあらず」と言われるでしょうか。特に野球の世界で伝わる言葉ですね。
代表的なのは長嶋茂雄元読売ジャイアンツ監督。いえ、もちろん何度もチームを優勝に導いた名将です。
しかし技術指導となると話は別です。

「こう、ビュッと」とか「ギューッとバッ」とか。。。

何となくニュアンスは分かるかもしれませんが、恐らくピンと来ない選手のほうが多いと思います。
よく「天才型」だとか「努力型」という話も聞かれます。
この辺がまさしく「暗黙知」を知る手がかりになるものです。
wikipediaにはこのように書かれています。

暗黙知は、認知の過程あるいは言葉に表せる知覚に対して、(全体的・部分的に)言葉に表せない・説明できない身体の作動を指す。

たとえば自転車に乗る場合、人は一度乗り方を覚えると年月を経ても乗り方を忘れない。自転車を乗りこなすには数々の難しい技術があるのにもかかわらず、である。そしてその乗りかたを人に言葉で説明するのは困難である。つまり人の身体には、明示的には意識化されないものの、暗黙のうちに複雑な制御を実行する過程が常に作動しており、自転車の制御を可能にしている。
wikipediaより

そして野中郁次郎によると、暗黙知には「技術的次元」と「認知的次元」があると言います。
バスケットボールに置き換えてみると、ドリブルやシュートといった様々な動作が技術的次元であり、状況判断や試合の流れを読む力といったものが認知的次元に当てはまるかと思います。簡単に説明すると「分かってるんだけど教えられない」技術ということですね。

    

例えば「気づいたらできるようになっていた」というような天才肌の選手は、暗黙知をその対義語として使われる、“主に文章化・図表化・数式化などによって説明・表現できる知識”である「形式知」に変換するのが苦手かもしれません。あるいは「簡単に出来たわけではないが、とにかくひたすらに反復していたらできるようになっていた」という選手も同様かもしれません。

一方、コツコツと自分なりに考えたり、あらゆる人や文献などから情報を得て技術を体得してきた選手は、それを形式知に変換するのが得意=つまり教えるのが上手だと思われます。逆算すればいいわけですからね。イチロー選手なんかは天才と言われますが、理屈を積み上げてスキルを身につけたような印象があるので、指導は上手なんじゃないかと思います。

ただ一点、優れた理論を持ちながらそれを上手く伝えることができなかった例もあるようです。プロ野球界のレジェンド、榎本喜八が挙げられます(私も本で読んだことしかありません)。榎本氏は求道者といった表現がピッタリなほど、少し気難しい性格だったようで、恐らく頭の中ではしっかりと構築されている理論・知が、最後の最後のアウトプットで上手くいかなかったのだと思います。形式知に変換するには「言語化」する能力が求められるのですね。

  

コーチの場合は、「どうしてそんなことができないんだ」という思考ではなく、自分の言語化する能力に至らない部分がないのかといった部分を再度考えていただきたいと思いますし、選手であれば自分が今できていることを、形式知に変換する作業をすることでより自身のスキルの理解が深まり、「なんとなく」プレイする状態からもう一歩先へと進むことができると思います。

さて、全く競技経験がないとはいかないまでも、プロとしての競技経験がなくとも一流のコーチになった例は、海外にたくさんあります。ジェフとスタンのヴァン・ガンディ兄弟は特に目立った競技経験がないにも関わらず、父が大学のコーチだったというコーチ一家に生まれ、二人共NBAで活躍する名コーチとして知られています。

最近ではマイアミ・ヒートのエリック・スポールストラでしょう。彼は大学まで素晴らしい選手として知られていたようですが、プロとしてのキャリアはなく、ヒートのHCに就任するまではビデオコーディネーターとして働いていました。バトラー大学をNCAAトーナメントファイナルに導き、現在はボストン・セルティックスでHCを務めるブラッド・スティーブンスも、プロの経験がないまだ30代のコーチです。彼らの他にも、NCAAからNBAまで、果てはMLBやNFLにまで、プロの経験がなくとも名将として知られるコーチが数えきれないほど存在します。

  

さて日本はどうかというと、正直すぐには浮かびません。もちろん草の根レベルで素晴らしいコーチはたくさんいらっしゃると思いますが、プロやナショナルチームを率いるレベルで結果を残している方はそれほど多くないような気がします。さらに言えば、元プロであったりトップアスリートでなければいけないという風潮まであるような気がします。「プロ」コーチの文化がまだ浸透していない日本ではまだ先のことかもしれませんが、当ラボにもたくさんの勉強熱心なコーチの方が見に来ていらっしゃっていますので、将来的にはきっとそうした方が現れると思いますし、形式知に変換する能力がよりいっそう求められるのだと思います。

まとめ
・「わかってるんだけど教えられない」ものを暗黙知と呼ぶ
・暗黙知には「技術的」な要素と「感覚的」な要素が含まれる
・暗黙知を「形式知(言語化)」に変換することが指導の鍵
・「名選手」でなくとも「名コーチ」にはなれる!

この記事の著者

岩田 塁
岩田 塁バリュードライブ株式会社/インパクトM株式会社(ディレクター)
デジタル/コンテンツマーケティング支援のバリュードライブ株式会社/インパクトM株式会社ディレクター。企業様のデジタルマーケティング/コンテンツ戦略を支援させて頂いております。

元・スポーツ書籍編集者。担当書籍は『バスケ筋シリーズ』『ゴールドスタンダード』『シュート大全』『NBAバスケットボールコーチングプレイブック』『ギャノン・ベイカーDVDシリーズ』『リレントレス』他