トヨタバスケットボールアカデミー参加レポート 第4弾

 

トヨタバスケットボールアカデミー参加レポート 第4弾

トヨタバスケットボールアカデミーの第4弾記事です。伊藤拓磨コーチによるクリニックレポートの続編となります(第1弾、第2弾の内容に続く)。優勝した翌シーズンの取り組みについて。「playing with good speed」がキーワードです。

Playing with good speed

天皇杯とJBLファイナルで2冠を達成したトヨタ自動車アルバルク(名称は当時)。JBLファイナルは4月下旬に終わり、新シーズンは10月上旬に始まるが、伊藤拓摩ACの中で次なるシーズンへの準備はチームの始動よりも早い。

アメリカ在学中からの「習慣」という、日々の練習内容や、日々の考察や思索の積み上げを書いている「ノート」を取り出し、日本での過去3年間の取り組みや、アメリカ滞在中のコーチングとを比較する。その中で「見る」という概念を選手に伝えきれていない事に気が付き、そこに着手する。

曰く「バスケットボールは必ずしも全速力でプレイすれば良い競技」ではなく「自分の身体をコントロールできるバランスを保ち、かつ、方向展開、ストップが出来る事」に加えて『見える』事が非常に重要であるという考えをテーマに設定する。キーワードは「Playing with good speed」。新シーズンに向けてのベースアップ期間の重点項目とした。

伊藤AC自身、

「キーワードのGood speedの定義付けをしたことが一番重要な点でした。Good speedとは自分の体をコントロールできるバランスを保ち、方向転換、ストップができ、常に見えているスピード。そう定義付けすることで選手にも伝えやすかったし、選手が速すぎてプレー(日本人)している場合、特にミスに繋がった場合、オープンの選手が見えなかった選手に対してPlay with good speedの一言で解決されました。また、プレー中も常に『見て!』とか『Good speedで』など声かけもシンプルかつ分かりやすくできたと感じました」

と語っており、レポート第1弾でも記載した「日本人選手のスキルアップ」へのアプローチとも関連性が高い。

※特に日本人選手のペイントエリアでのシュートスキル(スキル、考え方、アイデア、判断を含む)については、月刊バスケットボール2014年5月号に伊藤拓摩コーチによる特集記事があります。

そのための伊藤コーチのアプローチは2つ。1つは、あらゆるドリルを実施する際に「見る」事の重要性を強調する(Emphasize in every drill)。もう1つ、「見る事を必要とする状況を作り、見る事の意義を選手が発見できる」ような状況や環境を設定し、選手に「見る」体験を増やす、という事にある。

例えば、この日、後半部分の講義を担当したトレーナーの荒尾裕文氏と相談の上、ウォーミングアップでのダイナミックストレッチでは、サイドラインから横一列に選手が出るのではなく、1つのグループはサイドラインからスタート。もう1つのグループはベースラインからスタートをし、周りの状況を見ず、ただやむくもにダイナミックストレッチをすると衝突してしまうような環境を作り、「見る」事の習慣化へと繫げる。

その他にも細かなドリルがあるが、分かりやすい例を紹介する。トヨタ自動車アルバルク東京の練習場ではメインコート以外にも、サイドラインの奥にリングが設置されている事を利用し、「Random Transition」という練習ドリルを実施。

©KIMITETSU
©KIMITETSU

トランジションの練習をする際、ゴールA(メインコート)の次はゴールC(壁に設置されているリング)、その次はゴールF(壁に設置されているリングの反対側)というように、攻防の際に使用するゴールを変更し、攻守が切り替わった瞬間の「混乱」を増やし、よりいつも以上に集中してコートの状況を見る事を必要とするドリルを実施した(写真参照。画像内の順番はあくまでも一例)。ファーストブレイクをするにしても、またはハリーバックをするにしてもコートの形がイビツであり、かつ複雑に変化するので選手はいつも以上に状況判断をする必要があり、プレイにおける頭の負荷が強くなる。

無意識のうちに意識する

上記は、あくまでも新シーズンの準備期間に必要となるフィジカル的な準備とスキル部分のフィードバックと新シーズンに向けたブラッシュアップの中の一例であるが、数種類の具体例を聞くだけで数々の工夫がなされている事が分かる。本人の言葉を引用すると「無意識のうちに意識する」ような状況を作り出す事を重要視してドリルの組み立てを行っているようだ。

「見る」をシーズン準備期間でのテーマとして2012~13年シーズンを戦ったトヨタ自動車アルバルク東京は、結果、優勝の翌年、2012~13年シーズンでは全日本総合選手権でパナソニック(同大会で優勝。有終の美を飾る)に敗退し、JBLプレイオフではシーズン中盤から尻上がりに調子を上げてきた東芝ブレイブサンダースに大激戦の上に敗退(83-80、76-78、62-64で敗退)という結果に終わる。

このシーズンでトヨタ自動車アルバルクはリーグ戦で32勝10敗でアイシン精機に続いて2位。失点数では2,725点(平均失点64.88点、次点はアイシン精機 2,843/67.6点)となった。一概に関連付ける事を恐れずに言えば、オフェンスだけではなくディフェンスでも「見る」事の強化によってディフェンス力の向上があったのかもしれない。

※チームのディフェンス力を判断する指標として平均失点だけでは見えてこないDeffencive Ratingという考え方があり、そのような発展的なスタッツを取り上げた勉強会が2014年4月末に某氏によって開催された。(Deffensive Rating(100回の攻撃回数あたりの失点)=(対戦相手の得点×100)÷対戦相手の攻撃回数) x 100)

伊藤ACの考えやシーズン準備期間中のドリルには、様々な工夫がなされた内容が非常に多い。高校進学と同時に米国へ留学し、高校、大学とバスケットボールの母国で、他の日本人が見聞きできないような様々な風景に遭遇し、それぞれの現場で貴重な空間を経験を積んだことは、他のコーチには真似できない事ではあるが、冒頭にも書いたようなメモを取り、思考・思索のアーカイブスを残すことは国内で切磋琢磨するコーチ、これからコーチを目指す現役プレイヤーにも応用可能だ。

文中にて紹介をした「Random Transition」にしても、これが他のミニバスや中学、高校、大学、クラブチームの練習で効果を発揮するかと言えば、それは定かではない。各チーム、選手のレベルや、目指すバスケット、バスケットを取り巻く環境は異なる為、応用できるとは限らない。では、応用できる事柄は何かと言うと、どのように問題を洗い出し、それに対してどのようなアプローチを行ったか、ではないか。クリニックの最中の伊藤氏の言葉や説明には、何故、どのように、の説明が何度も何度も繰り返された。拙レポートで、その真髄を何処まで表現できているかは定かではないが、参加者の一人一人は感じる所があったのではないか、と強く感じる。

言葉のアドバイスだけで勝てるなら、監督は楽な商売だ

かつて、サッカー日本代表を率いたオシム監督も7色のビブスを活用した実践練習(ビブスの色に応じてパスを出す必要があるなど、選手には特殊な設定や状況判断が求められた)を実施し、「オシム語録」と呼ばれる名言でジェフ市原(当時)をリーグ上位に引き上げ、そして日本代表監督に、と日本サッカー協会の白羽の矢が立った。惜しくも、オシム自身の健康問題という状況によって人気の途中で退任となったが、近年の日本サッカー史、スポーツ史の中でも注目を集め、多くの指導者や人間に影響を与えた人物であろう。オシム語録が注目されたが、勿論、決して、言葉だけでチームを率いたわけではない。

本人もインタビュー記事で「言葉のアドバイスだけで勝てるなら、監督は楽な商売だ。長時間のミーティングをやればいい(笑)。実際には、次の対戦相手を研究し、それに見合った戦術やメンバーを考え、そこから必要な練習メニューを考える。それがあって初めて、言葉での指示が生きてくる」と「らしい口調」で語っており、続いて「しかし、言葉だけの指示では選手はすぐに忘れる。トレーニングに代わる準備、訓練はない」と締めくくっている。

きめ細かな分析と、明確な理由説明。そして、それを実感できる練習メニューの設定の数々。オシム監督のアプローチと伊藤拓摩氏のアプローチには通じるモノを感じる人も多いのではないか。

閑話休題。

続いて、講義では2013~14年シーズン準備期間でのアプローチについての説明がなされた。テーマ「アグレッシブに見る」。理由(why)としては、「バランス!」だという。「見る」が無意識化に意識できるようになった事によって、自らが攻めなければならない場面でも周囲を「見すぎ」てしまい、積極性を失ってしまったと反省・分析し、そして積極性との両立へと着手する。ここでも、きめ細かなドリルが紹介、説明されていったが、紙面の関係、及び、内容が複雑になる為に今回のレポートでは割愛(この日の参加者同士で何度もディスカッションをし意見交換や情報の整理をしており、コーチ同士、参加者同士のダイアローグを形成したい、というベック氏の理念を自ら体現)。

ito-takuma

これまで、なかなか一般のバスケットコーチや愛好家がトップチームがシーズン前に取り組んでいる練習内容や指導コンセプトを知る機会は少なかった。試合を観戦し、仮説を立てて考えるのと、実際にその一部でも直接の当事者から全体のコンセプト、細かなアプローチを紹介して頂ける機会は非常に有益だ。それぞれの立場での、バスケットの探求、思索の格好の肴となる(肴は炙ったイカでも良いが、それが国内トップリーグ所属チームの練習内容やコンセプトであればコーチにとっては最高!)。

紙に書いて考える

余談ではあるが、2012-13年シーズンで横浜ビーコルセアーズを優勝に導き、今期はNBL千葉JETSを率いたレジー・ゲイリー氏を特集したbjtvの放送でも、入念なスカウティングのボリュームだけではなく、「スカティングや分析をする際に必ずメモを取って実施する」というゲイリー氏のスタイルも紹介されていた。伊藤拓摩氏もアメリカ在学中より、練習内容やバスケットの対する発見やアイデアをノートにメモしているという。

デザインコンサルティング会社、IDEOの役員であり、数々の優れた実績から“イノベーションの伝道者”とも呼ばれる、トム・ケリー氏は「クリエイティビティを高めるための5つの方法」という講演の中で「アイデアの捕獲率」について説明をしている。脳に流れてくるアイデアを一つでも多く捕獲(記録、メモだけではなくデジタルデバイスを使って保存しておく)事の意義を説いている。

解説記事:http://www.atmarkit.co.jp/news/201207/02/TEDxTokyo.html

優れた実績を挙げているコーチ、及び、ビジネスマンに共通するのは、とにかく人よりも数多く、より深く考えようという姿勢。また、考えたアイデアを形に残し、アイデアが一過性のモノでは無く、振り返り、未来の自分の助けとなるように記録を取る事。あくまでも筆者の主観もあるが、国内トップリーグのコーチも、地道な分析をし、紙に書き、考えを整理し、練習プログラムを考え、選手に伝え、試行錯誤し、日々を重ねている事を垣間見たのも、クリニックに参加してきた学べた大きな収穫であった。

(余談ですが、このTEDxTOKYOで会場演出用として使用され、参加者にプレゼントされ、またスタッフが着用しているTシャツは筆者の所属する会社にて制作されています)

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。