インタビュー:後藤剛 前編

後藤剛01

後藤剛。

ボンバー平岡で有名な平岡富士貴選手の中学校の二学年下として数々の大舞台を多感な時期に経験したことでバスケットの魅力に憑りつかれ、現在も現役バスケットマンとしてプレイ。

「ゴールドスタンダード」との最初の出会いについて教えて下さい

マイケルジョーダンとスラムダンクの全盛期に育ちましたから、とにかくバスケットボールが大好きです。その影響でNBAのVHS/DVDや選手の書籍をずっと集めていました。今でもDVDは買っていますし、日本語版の書籍があれば迷うことなく購入しています。しかし、DVDなら英語版でもプレーがあるので見られますが、英語の書籍はまったく読めません(笑)

コーチKは2006年の世界選手権の頃に知り、彼の本(勝利哲学)も買いました、もちろん日本語版です。ゴールドスタンダードも存在は知っていたのですが英語版しかなくて・・・。

そんな時、日本語版が出版されると知りすぐに予約しました。アメリカ代表のオリンピックでの舞台裏を知ることができるなんて!と、本当にワクワクしたのを覚えています。翻訳者の佐良土さんと出版していただいたスタジオタッククリエイティブ社さんには本当に感謝しています。

著作の中で、特に印象に残ったシーンなどはありますでしょうか

頭から離れないのは、英文を教えていただいたジェリー・コランジェロとコーチKの会話で語られた「私たちはバスケットボールに借りがある。」という言葉です。

私はバスケットボールから本当に多くのことを学びました、毎日努力することの大切さや仲間に感謝すること、情熱を持つことなどです。そして、シュートを決めて嬉しいということだけではなく、チームで勝つ喜びや真剣勝負の楽しさも教えてくれました。

バスケットボールを通じて多くの方に出会いましたし、いろんな場所へ連れて行ってくれました。だから私自身もこう思っています、”バスケットボールに借りがある” と。プレーするだけではなくブログやツイッターで情報発信しているのも、恩返しのひとつと思っています。

もうひとつ、マジックジョンソンがレブロンやウエイドらの前でスピーチする場面が印象的です。

20歳若かったら、僕も出たかったよ。だって、今ここで君たちといるとこんなにも気持ちが高ぶってしまうんだから。

そう言って、アメリカ代表の君たちを応援しサポートしていると伝えています。私も現在、道都大学バスケットボール部のOBとして母校をサポートしていますが、母校のゲームを観戦するとマジックと同じく気持ちが高ぶります。

今年、道都大は10年ぶりにインカレへ出場できました。現地で応援していて、15歳若かったら・・・と妄想していましたし(笑)大学生にとってインカレがバスケ人生の集大成であって、最高の瞬間です。今後も微力ながら、その手助けをしていきたいと思います。

組織の中にいる1人として、目的や目標の為に自分が行おうとしている自分自身のゴールドスタンダードには何がありますでしょうか?

「自分がなりうる最高の自分になるように努力すること」が一番大切な”自分自身のゴールドスタンダード”だと思っています。

組織やチームの力は、個人の能力が上がれば同時に向上していくものですし、結果は後からついてきます。

たとえ結果が伴わなくても、最高の自分になろうと努力した事実は変わりませんよね。それが自信や経験へと変わり、最終的にはゴールに近づくことになると思っています。それと、バスケでは若い奴らは負けたくないと思っているので「若手よりも練習する。」これもゴールドスタンダードですね(笑)

中学校時代の話に戻ります。平岡さんのリーダーシップや、チームワークにより大きな結果をだした中学校を振り返り、「勝てる組織」に備わっていた文化には何がありましたでしょうか?

私には一つ上に兄がいて、バスケ部で平岡さんの一つ下だったんです。兄からも、そして周りの人たちからも「超中学級のスーパースターがいる」「来年は全国優勝を狙う!」と、中学校へ入学する前から平岡さんの噂は聞いてました。だからミニバス経験があまり無かったのですが、中学では絶対バスケ部入ると決めてました。

入学してすぐに、全国優勝を狙うチームのレベルの違いに愕然としたのを覚えています。そのなかでも、平岡さんはパスのスピードからしてレベルが他の選手と全然違いました(笑)シュート・パス・リバウンド・運動量、オフェンスもディフェンスもどれをとっても中学では平岡さん以上のプレイヤーはいませんでした。平岡さんは、毎日の練習では絶対に手を抜きませんでした。先頭でメニューをこなし、誰よりも声を出して練習を盛り上げていました。

多分、関東や全国大会では”絶対に一人では勝てない”と考えていたんだと思います。エースが誰よりも練習する、その姿を見せられたら他の選手が頑張らないわけにいきませんよね。周りの選手のレベルアップのためにも、”まず自分が人一倍努力する”というスタンダードを持っていたんだと思います。

(interview 2012.12.11/片岡秀一/UPSET)

後藤 剛
茨城県つくば市生まれ、北海道名寄市在住。プレー歴:筑波西中→霞ヶ浦高→道都大→アカゲラ#32。名寄出身のbj宮崎シャイニングサンズ大塚裕土選手と母校道都大学、JBLレバンガ北海道のファン。
名寄地区バスケットボール協会HP http://www.nayoro-city.net/~nayorobb/
バスケットボールブログ http://www.plus-blog.sportsnavi.com/nayorobb/
ツイッターアカウント http://twitter.com/nayorobb

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。