ペース&スペース オフェンス:「天才」コーチ ブラッド・スティーブンスの戦略

Coach Brad Stevens

*本記事はいくつかの海外文献からの情報を翻訳・引用し、まとめています。

まさにアメリカンドリームだ。

わずか十数年前の出来事。2000年にバトラー大学のボランティアを始め、後にバスケットボールチームの運営ディレクターに就任したスティーブンスは、スカウティング映像を作るために1日14時間以上も働いていたそうだ。当時の年収は18,000ドル(現在のレートで約200万円)。同大学に勤める前、彼は大手製薬会社Eli Lillyで高給を得ていた。平均年収は1,000万円クラスだ。

しかしスティーブンスは当時をこう振り返る。

「これまでに経験したことがないほど楽しい1年だったよ」

2007年に同大学のヘッドコーチに就任した彼は、NCAAトーナメントで多くの人が知る偉業を達成している。2013年からは6年総額22万ドル(約24億円)の契約を勝ち取り、ボストン・セルティックスのヘッドコーチに就任。今季はカンファレンスファイナルまで上り詰め、プレイオフ無敗だったクリーブランド・キャブスに土をつけたのは記憶に新しい。

参考
How Brad Stevens transformed from a college basketball assistant making $18,000 a year to one of the best coaches in the NBA|http://www.businessinsider.com/

Coaching Genius

「天才的コーチング」。2016年当時、NBAでわずか3年、バトラーでのヘッドコーチ時代を合わせても、わずか10年足らずのスティーブンスを、The Sports QuotientのAnders Rottoはこう称えている。

スティーブンスがセルティックスのヘッドコーチに就任したシーズン、2000年代後半のチームを支えたビッグ3(ポール・ピアース、ケビン・ガーネット、レイ・アレン)はもういなかった。解体が始まった年だ。残されたレイジョン・ロンド、新たにやってきたジェラルド・ウォーレスが名のしれた選手だったが、ジェラルドは相当なベテランで、スーパースターどころかエース級の選手もいない状態だった。

25勝57敗、勝率.305という悲惨なこのシーズンを乗り越え、翌年は5割を切る勝率だったがプレイオフに進出。翌々年には48勝34敗、勝率.585にまでジャンプアップさせた。そして今シーズンは53勝29敗、勝率.646と、堂々のイースタンカンファレンス1位に導いた。

1年前には天才と書かれた記事では、レッド・アワーバック、グレッグ・ポポビッチ、フィル・ジャクソン、パット・ライリーら、往年の殿堂入りコーチが引き合いに出されていたのだが、今シーズンの成績を見れば大げさに聞こえないかもしれない。

スティーブンスのどこが天才的なのだろうか? キャブスのティロン・ルーHCは「ウォリアーズよりも守るのが難しい」と話した。そしてセルティックスに釘付けの多くのアナリストも指摘する、スティーブンスのオフェンスに秘密がありそうだ。

参考

スティーブンスのオフェンスとは?

ここから、スティーブンスのオフェンスについて書かれた記事をいくつかピックアップして要点をまとめていこう。もちろん、全ての情報を網羅できているわけではないため、断片的な情報になることを了承頂きたい。

全体にバランスのとれた攻撃

2017.5.22投稿

An Analysis of the Offense of the 2016-2017 Boston Celtic’s Season |HowThenPlay

  • シュート散布図を見てみると(赤い丸が決まったシュートで、青が外れたシュート、背景の赤から青のグラデーションが全体の確率を表している)、セルティックスの攻撃は非常にバランスが良く、ミドルレンジのシュートは少ないが、現代のNBAでは一般的なことであることが分かる
セルティックスのシュート散布図 引用:HowThenPlay
セルティックスのシュート散布図 引用:HowThenPlay
  • ほかの上位チームの散布図を見ると、3つのパターンを見ることができる。セルティックスとキャブス、ウォリアーズは似たパターン。スパーズとラプターズ、クリッパーズ、ウィザーズはよりミドルレンジが多い傾向にある。ロケッツはミドルレンジのシュートを全くと言っていいほど打っていない
上位8チームのシュート散布図 引用:HowThenPlay
上位8チームのシュート散布図 引用:HowThenPlay
  • アイザイア・トーマスの出場時とそうでないときの差を見ると、散布図に大きな違いは見られない。しかしトーマスは主に左サイドでのプレイを好み、トーマスの出場時には僅かながら左サイドの得点の確率が高くなる傾向にある
  • トーマス以外の選手個々の散布図を見ると、それぞれ偏りがあるが、全体を見渡せば、チームとしてフロアのどこからでもバランス良くシュートを決めている

ピック&ロールからの効率の高い攻撃

2017.2.24投稿

How the Celtics created the best pick-and-roll offense in the NBA|celticsblog.com

  • セルティックスのオフェンスは、昨シーズンと比べて特にハーフコートオフェンスの改善が見られた。これはアル・ホーフォードとアイザイア・トーマスの加入が大きいが、チーム全員のスキルセットをうまく活用しており、特にピック&ロールの実行中に、リーグで最も効果的なオフェンスを行っていた
  • トーマスはピックアンドロールを行うのに適したあらゆるスキルを備えている。どこからでもシュートを打て、ゴールにアタックもできるしパスも巧い
  • トーマスと、エイブリー・ブラッドリー、マーカススマートの3人は、ピックアンドロールシチュエーションのポゼッションごとの得点が、リーグ2〜3位となっている
  • スクリナーは、デアンドレ・ジョーダンのようにゴールにダイブする選手はいないが、ピック&ポップを多用し、効率の高い攻撃を仕掛けている
  • ピック&ロールから始まるポゼッションで、セルティックスはリーグで3番目の得点を挙げている(編注:これは総得点なのか割合なのか、得点効率なのかは読み取れなかった)
  • カイル・コーバー曰く、ホーフォードはスクリーンでボールハンドラーをオープンにする術に非常に長けている。またホーフォードはリムにアタックするだけでなく、ミドルレンジからのシュートにも長けている
  • ホーフォード、ケリー・オリニク、アミアー・ジョンソンの3人は、全てピック&ロールからのPPPが1を上回っている
  • ピック&ロールからのスポットアップシュート(3P)は、リーグで50位以内にセルティックスの選手が8名入るほど高い確率を誇っている

得点機会の「質」の向上

2017.1月頃

Boston Celtics Offense No Longer Depending on Pace|FANSIDED

  • 昨シーズン、リーグ2位だった試合のペースが、今シーズンリーグ18位の98.5にまで低下している。ペースはセルティックスのオフェンスの本質であったが、今季はより一貫性があり、確率の高いオフェンスを展開している。今季のオフェンス効率は107.6とリーグ7位である
  • 昨シーズンまでのセルティックスは、シュート確率の悪さをペースでカバーし、リーグで上位の平均得点を誇り、今季はさらにボールムーブメントとボールの支配の仕方に磨きをかけている
  • リーグで3番目のアシスト数を誇り、一方ターンオーバーの少なさもリーグ4位だ。特にトーマスとホーフォードのアシスト/ターンオーバー率が良い。昨シーズンよりも得点機会の量は減ったが、機会の質は高まった。彼らはペースを落とすことによって、より効率的な得点機会を作り出している
  • セルティックスはリーグで最も優れたパッシングチームで、プレイヤー全員がボールを動かし続けている

ペース&スペースオフェンス

2016.11.28投稿

Boston Celtics Offense: Space, Pace, and Pick-N-Pop|HoopScoop
The Brad Stevens Offense: Pace, Space And The Pick And Pop|reddit

  • セルティックスのオフェンスは、何か特定のオフェンスに分類することはできない。様々なオフェンスのあらゆる要素を取り込んだチェンジングオフェンスだ
  • 特定のオフェンスとは、つまりフィル・ジャクソンのトライアングルオフェンスといった類のものを指す。マイケル・ジョーダンやコービー・ブライアントといった才能のある選手がいればトライアングルのようなオフェンスは機能するが、スティーブンスのセルティックスにはそのような選手はいない。そのためスティーブンスはより創造的になる必要があり、あらゆる選手の強みを活かすように作られた
  • スティーブンスのオフェンスには名前がないが、アナリストたちはそれを「ペース&スペースオフェンス」と呼んでいる
  • ペースとはテンポのことで、48分間のうちに何回オフェンスのポゼッションを得たかということ。セルティックスはリーグで5番目の、平均98.4回のポゼッションを得ている
  • スペースはオフェンス時に、ディフェンダー同士の距離を広げること。セルティックスはペイントでのシュート確率を高めるため、ディフェンダーをペイントエリアからペリメーターに連れ出すようにしている
  • そしてこの「ペース」と『スペース」を組み合わせることで、限られたオフェンスの武器しか持っていないにもかかわらず、エキサイティングなオフェンスを作り出した
  • ただしシュートの効率は悪い。それは低い3Pの確率が原因だ。昨シーズンの3P試投数はリーグ13位だが、成功率は下から4番目だ

優れた「パッシング」チーム

2016.11.2投稿

The Celtics’ offense: how to succeed in the NBA by really really trying|celticsblog.com

  • スティーブンス曰く「レイアップを打てなければ、ペイント内でシュートのチャンスはもうない。次にベストなシュートはオープンでのキャッチ&シュート(3P)だ」
  • (シーズン開始3試合で)全てのシュートの65%が3Pラインの内側か、制限区域内から放たれ、いずれもリーグ平均を上回っている
  • 9人のプレイヤーが平均15分で入れ替わっている。トーマスが29.5%、ブラッドリーが22.9%。一方ラッセル・ウェストブルックやアンソニー・デイビスらは40%を超える
  • セルティックスは常に動き続けることで直近2年間で成功を収めてきた。トーマスとあるフォードが加入したとしても、生命線はペースとスペースである
  • ペースは必ずしもポゼッションの多さを意味しない。昨シーズンの平均ポゼッションは101.15だったが、今シーズンは99.91だ。しかしオフェンスの最初にボールを多く動かすことから分かるように、ディフェンスを多く動かすことにコミットしている
  • サンプル数は少ないが、今シーズンのeFG%は109.4を記録している(昨シーズンは103.9)
  • セルティックスはリーグで最もパスが多いチームの1つだ。1試合あたりのパスの数は329でリーグ5位。平均アシスト数はリーグ2位の9.3、セカンダリーアシスト(アシストにつながるパス)が同1位の9.3、ポテンシャルアシスト(良いシュートを打ったが外れた場合)で4位となっている

アンダーサイズとタレント不足

2016.1.23投稿

The Coaching Genius Of Brad Stevens|The Sports Quotient

  • スティーブンスがHCを勤めていたバトラー大学は強豪とは考えられていなかったため、多くのスター選手を獲得することが難しいと理解していた。その代わりに、サイズが足りないため全米トップランキングで注目されにくい選手を集めた
  • これはセルティックスにおいても同じ現象であった。トーマスにブラッドリー、ジェー・クロウダー、その他のアンダーサイズのビッグマンだ。ブラッドリーは本質的に、バトラーと同じ「魔法」をセルティックスにもかけたのだ
  • セルティックスは相手チームよりも多くの攻撃回数を得ている。それにより多くのオフェンスリバウンドの機会とイージーなプットバックシュートを作り出している
  • ウォリアーズやスパーズのように、美しいオフェンスで完璧なシュートを作り出すのとは多少異なり、セルティックスはある程度「マシ」なシュートを打ち、オフェンスリバウンドを得るオフェンスを展開している
  • スパーズはリーグ1位の2P%、同2位の3P%、全体1位のFG%で、1試合あたり平均103.9点を得ています。しかしセルティックスは17位の2P%、同27位の3P%で、全体FG%で23位だが、リーグ7位の平均103.7点を挙げている
  • オフェンスリバウンドはスティーブンスの聖書の戒律の1つ目に挙げられている。スパーズのオフェンスリバウンドは平均9.5でリーグ24位、ウォリアーズは10.4で同13位。セルティックスは平均11.7で同5位である
  • これがスティーブンスが天才的と言われる焦点である。スティーブンスは才能のある選手がいない代わりに、情熱と怒りでリバウンドへの欲求をチームに植え付けている。才能のない選手はシュートをミスするが、それを弱点ではなくチームの強みに変えた。スティーブンズはミスを再びスコアリングの機会として見ている。オフェンスリバウンドをとれれば、始めのシュートよりもゴールに近づくことができる
  • またスティーブンスは、シュート力の低さを鮮やかなセットプレイによって補い、オープンショットやイージーなレイアップにつなげている

体力も限界に近づいたのでこの辺で。以下はバトラー時代からセルティックスに至るまで、スティーブンスのオフェンスのセットを掲載しているブログだ。興味があればぜひ読んでみるといいだろう。

スティーブンスのオフェンスの断片

ここまでで、断片的であるが分かったことをいくつかまとめてみよう。

  • スティーブンスは弱者の戦略を用いている
  • その戦略はペースを上げてトランジションを多くして、シュート機会を多くすること
  • シュート機会の最大化には、オフェンスリバウンドも含まれている
  • 近年では、機会の量だけではなく、機会の質の向上にも取り組んでいる
  • 広いスペースで仕掛けることが、アシストパスの増加につながり、機会の質の向上につながる
  • 結果、チーム全体でボールをシェアする、的を絞らせないオフェンスが可能となった

これらは、明らかにウォリアーズやキャバリアーズ、スパーズとは異なっている。チームにタレントがいれば、スティーブンスも戦略を変更するかもしれないが、そうでなくともカンファレンスのチャンピオンになるというのは、まさにコーチング・戦略の成功といえるだろう。NBA経験わずか数年のスティーブンスが「天才」と呼ばれるのは誇張ではない。

またこうしたスティーブンスの戦略からは、リクルートが難しい強豪校以外のチームや、チームバスケットのコンセプトを学ぶべき育成年代のチームにとって、学ぶところも多いように思える。

この記事の著者

岩田 塁GSL編集長
元・スポーツ書籍編集者。担当書籍は『バスケ筋シリーズ』『ゴールドスタンダード』『シュート大全』『NBAバスケットボールコーチングプレイブック』『ギャノン・ベイカーDVDシリーズ』『リレントレス』他