トヨタバスケットボールアカデミー参加レポート 第1弾
「もし、何か疑問に思うことがあったら、私が話をしている途中でも構わないので、必ず質問をしてほしい」
トヨタ自動車アルバルク東京のHCであるドナルド・ベック氏が発起人となり、府中スポーツセンターでは定期的にコーチングクリニックが開催されている。冒頭の言葉は、参加者の1人から伺ったベック氏の言葉である。
大人しい日本人の気質を理解してか、講師と参加者のより濃密な対話を生み出すための状況設定である。「講師が語り、参加者がそれを聞く」だけではない、よりアクティブな空間を築こうとするベック氏の意思を感じ取れる一言であった。
「日本に来て、この2人と仕事が出来ることを本当に誇りに思っている。彼らは真のプロフェッショナルだ。今日は、彼らの仕事について話をしてもらう」
4回目となった2月12日の講義は、ベックHCのこの言葉から始まった。この2人…とは、トヨタ自動車のアシスタントコーチ(以下AC)として2011年シーズンよりチームを支える伊藤拓摩AC、そしてチームトレーナーとして指導にあたっている荒尾裕文氏の2人である。
もちろん参加者には事前に伊藤・荒尾両氏による講義が行われることは案内されていたのだが、ベック氏の紹介の言葉からも2人に対する強い信頼が伝わってくる。前半部分は伊藤コーチによる取り組みの紹介となった。
伊藤拓摩氏の取り組みについて
リンク栃木BREXが創部から3年目の初優勝を成し遂げてバスケット界に名声を轟かせた2009-10年シーズン、
まず、日本人選手のスタッツが他チームと比べて非常に低いことに着目。この年のJBLシーズンで見てきた日本のバスケットと、米国でバスケットボールを学んできた自身の経験とを照らし合わせ、「
「本当に基礎の基礎からの取り組み」と伊藤氏も語る練習の内容は、ディフェンスの足捌きや、切返しの際の手の使い方という細部から始まり、ゲームで必要となるボールの貰い方から、アウトサイドシュートを打つためのスキル、ペイントエリアでのフィニッシュスキルまで多岐に渡った。
No automatic 1,2step
特に印象的だったのが”No automatic 1,2step”という言葉で紹介されていた概念だ。
2m超の長身選手が少ない日本国内では、能力のある選手がゴールに向かってアタックをすれば、そのままシュートに持ち込めるケースも多いため、悪く言えば、何も考えずに『自動的に』レイアップシュートに持っていく場面も多い。もちろん、そのようなプレイではNBL(当時はJBL)の舞台、または国際舞台では、ブロックの餌食になる。
そのためにも、“Power lay up”や“Finish with using the rim as shield”と呼ばれる、ペイントエリアで必要となるスキルを提示。さらには、“Play in the paint”と 呼び掛け、1対0のドリルなども活用し、ペイントエリア内で遊びのあるプレイの選択を無意識に習慣化できるようなドリルを徹底させる。この際、簡単なドリルの紹介としてデモンストレーションでは、ドリブルからペイントエリアに侵入し、ヘジテーションをした後にロールをしてゴール下でポンプフェイク。そこから左手でのシュートという見本を見せた。
※この”Play in the paint”には、天皇杯とリーグ優勝の2冠に輝いた2011-12年の翌年のテーマにも深く関わってくるが、詳しくは後述する
その他の詳しい内容はここでは割愛するが、ドリブルからシュートチャンスを作り出すために必要なスキル、ステップバックを駆使してのシュートスキルなどの紹介が行われた。伊藤コーチの実弟でもある伊藤大司選手のプレイを見たことがある人であれば、伊藤拓摩コーチが語る「日本人選手が習得すべきファンダメンタルスキル」についてピンと来る人も多いはずだ。
モントロス・クリスチャン高校からポートランド大学に進学し、同学で主将を務め、NCAAディビジョンⅠでプレーした経歴を持つ伊藤大司選手は、NBLの舞台でも得点やアシストを量産しているが、爆発的な瞬発力やスピードを駆使するというよりは、ボールの貰い方やドリブルからの素早いストップでディフェンスとの間にスペースを生み出し、正確無比なアウトサイドシュートを決めるシーンが多い。またはペイントエリアへのカットインからフローターを難なく沈めるような玄人好みの的確なプレイが持ち味である。
同様のプレーは、同じくモントロス・クリスチャン高校出身でトヨタ自動車に所属するKJ松井選手や、bjリーグ秋田ノーザンハピネッツに所属する富樫勇樹選手のプレイでも見受けられる。モントロス・クリス チャン高校では教えていて、日本の育成世代では教えられていないスキルがあるのかもしれない。国際舞台を戦う上で、いつまでも「速攻とアウトサイドシュート」では得点力が伸び悩むのは歴史が証明してきた。両者の間にある「何か」を明確にし、日本全国の育成現場で広く「伝達」していくことも求められそうだ。
Fundamental!!
話を伊藤コーチの取り組みに戻す。上記のような取り組みに対し、伊藤氏の提示したテーマは“Fundamental!!”。 このように、毎年のシーズン前のトレーニング期ではテーマに対して”Why”と”How”という3段階で明確に整理されている。本記事を読んでいる方の中には、自身が提示するドリルに対して選手の理解やモチベーションをいかに引き出すかに苦心している方もいるかもしれない。
日本のトップリーグに所属する選手に対して、シーズン前とはいえ、基礎的なスキルトレーニングをモチベーションを高く保って取り組ませるのはコーチにとっても難しいのではと思われるが、伊藤コーチのアプローチは非常に明快だ。前年度のスタッツ解析による明確な理由付け(Why)。そして、どのようにそれを解消していくか(How)ということだ。しかも、Howの部分には、伊藤氏の豊富な経験と知識から選手に提示される、具体的かつ実用的なスキル指導があっ た。
これはTEDの 動画でも再生回数の多さで話題になっているSimon Sinek「How great leaaders inspires aciton」の中で語られている”goldenc circle(what-how-whyの3段階で物事を分析。特にwhyを重視している)”の構図にも似ている。これは選手との関にもっと深い信頼関係を構築したいコーチに参考になる講演なので、是非一度ご覧頂きたい。
参考動画:サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか
そしてこの年、震災によってシーズンは途中で中断となったが、ベック新体制のチームは天皇杯ではパナソニックに3点差で敗れて3位、リーグ戦では23勝13敗のリーグ全体で3位と浮上の兆しを見せてシーズンを終えた。
レポート第2弾に続く
この記事の著者
-
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。
宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。