体の賢さ(フィジカルリテラシー)の重要性:森高大氏寄稿
先日の記事、ではLong-Term Athlete Developmentに基づいた7つの発達段階を紹介させていただきました。このモデルの中で特に大切にされているのがフィジカルリテラシー(Physical Literacy)という概念です。
フィジカルリテラシー
フィジカルリテラシーは日本語にすると「体の賢さ」です。この体の賢さを養うことが、パフォーマンスを上げるうえでも、生涯に渡ってスポーツに親しみ健康な体を維持する上でも非常に大きな役割を果たします。現在日本のバスケ界では「コオーディネーショントレーニング」が推進されているかと思いますが、コオーディネーショントレーニングはまさにこの体の賢さを養うためのトレーニングになります。基本的な運動スキルを身につけ、それを組み合わせてより複雑な動きを自然にできるようにする。長期的なパフォーマンス向上を望むときには絶対に避けては通れない道です。
いまいち「体の賢さ」が何かわからない
分かりやすく言い換えれば、「体が賢い」人は、「運動神経がいい」人だといえます。そして体が賢い人ほど、スキルの習得が早いです。僕は練習量と体の賢さ、スキル習得量を次のように考えています。
(スキル習得量)=(練習量)×(体の賢さ:Physical Literacy)
もちろん実際にこれらを厳密に数値化はできませんが、これが一番分かりやすいと思います(かなり強引なのは承知の上で簡略化していますが、あくまでアウトラインを理解することが目的です)。
(専門競技の)スキル習得量を増やす(上手くなる)ために練習しますよね。基本的には練習すればするほど、上手くなります。同じだけ練習しているのに、もしくは自分の方が練習しているのに、相手の方が圧倒的に早く成長し、「自分にはセンスがない」と感じたことが誰にでもあると思います。そしてその感覚は多くの場合勘違いではありません。そのセンスの正体が「体の賢さ」です。
このモデルを見てもらえれば分かるように、スキル習得量を増やすためには練習量を増やすか、体の賢さを向上させるか、もしくは両方とも向上させるかです。
例えば練習量が1時間だとして、現在の体の賢さが100だとします。そうすると成果の量は
1(練習量)×100(体の賢さ)=100 (スキル習得量)となります。
コオーディネーショントレーニングなどで体の賢さを150まで伸ばしたとしましょう。すると同じ1時間でも
1(練習量)×150(体の賢さ)=150 (スキル習得量)となります。
同じ量練習していても、これだけ差が生まれています。
ここでモデルケースを考えてみましょう。A君とB君、ここでの違いは小学生での過ごし方のみとします。
A君は小学校からバスケ一筋。小学校では週に3回、とにかくバスケの練習だけ重ねました。体の賢さへのアプローチは特に行なっていません。A君の元々の体の賢さを100とすると、スキル習得量は以下の表のようになります。
学年 | 週 | 練習時間 | 1年=52週 | 年数 | 総練習時間 | スキル習得数 |
---|---|---|---|---|---|---|
小学生 | 3 | 2 | 52 | 4 | 1,248 | 124,800 |
中学生 | 6 | 2 | 52 | 3 | 1,872 | 187,200 |
高校生 | 6 | 3 | 52 | 3 | 2,808 | 280,800 |
大学生 | 5 | 2 | 52 | 4 | 2,080 | 208,000 |
一方B君は小学校から週1回のバスケを始めましたが、バスケだけではなくいろいろなスポーツに参加し、またコオーディネーショントレーニングにも取り組んで体の賢さを磨きました。
B君のもともとの体の賢さを100、体の賢さを磨いたため中学校以降の体の賢さが150になったとすると、スキル習得量は以下のようになります。
学年 | 週 | 練習時間 | 1年=52週 | 年数 | 総練習時間 | スキル習得数 |
---|---|---|---|---|---|---|
小学生 | 1 | 2 | 52 | 4 | 416 | 4,160 |
中学生 | 6 | 2 | 52 | 3 | 1,872 | 280,800 |
高校生 | 6 | 3 | 52 | 3 | 2,808 | 421,200 |
大学生 | 5 | 2 | 52 | 4 | 2,080 | 312,000 |
分かりやすくするため、中学校以降の練習時間は全く同じに設定してあります。そしてA君とB君の総スキル習得量をグラフにすると、以下のようになります。
ご覧のように、小学生時はA君がスキル習得量で勝っています(上手い)が、最終的にはB君の方がスキル習得量で勝っています。練習量が増えれば増えるほど、体の賢さでスキル習得量(上手さ)に差がつきます。バスケの練習時間は積み重ねですから、バスケの練習をすればするほど、またそれに従って競技のレベルが上がれば上がるほど、体の賢さが「育っている」ことがパフォーマンス向上のための重要な要素になるのです。
しかし勘違いしてはいけないのが、じゃあ体の賢さを伸ばしさえすればセンスが良くなって誰でもオリンピック選手になれるかというと、実際はそうではないということです。人は誰しも生まれもった身体的特徴を持っています。自分でコントロールできない部分が確かに存在します。全員がマイケルジョーダンになれるわけではありません。
それでもその子の尺度の中で、体の賢さを伸ばすことができます。これは「その子がより成長するために」必要な要素です。「その子がなることができる最高の自分になるために」必要なのです。後になって「あのときあれをやっていればもっと成長できていたのになあ」と思わないようにするための要素が「体の賢さ」なのです。
いつが「体の賢さ」の伸ばし時なのか?
これは前回の記事の中で紹介させていただいた、7つの発達段階のうち1~3、つまり
- Active Start:生まれたときから、劇的な身長の伸びが落ち着く(年に5cm程度)まで
- FUNdamentals:急激な身長な伸びが落ちついてから2〜3年後まで。目安は男の子が6〜9歳、女の子が6〜8歳
- Learn to Train:FUNdamentalが終わってから成長期が始まるまで
が主に体の賢さを伸ばせる期間になります。特に中枢神経系が発達する「2. FUNdamental」は最も体の賢さを伸ばしやすいと言えます。ちなみに大人になっても体の賢さは伸ばせますが、伸び幅はかなり小さくなってしまいます。やはりLearn to Trainが終わるまで、つまり「成長期が始まる前まで」が体の賢さの伸ばし時と言えるでしょう。
どうやって「体の賢さ」を伸ばすのか?
とにかく大切なのが、いろいろな種類の動きを経験させることです。特に子どもが小さいときは、保護者が一緒に外で遊んであげたり、一緒に運動したりすることが子どもの体の賢さを養う上で非常に重要になってきます。
またこれは特にミニバスの強豪でありがちだと思うのですが、「ある特定の動きを繰り返し行ない、その動きの質を上げる」ことはこれ以降の発達段階でやると効果が高く、成長期以前で「特定の動きの質の向上」に取り組むのは効率が悪い場合が多いとされます。それどころか成長期以降に体の賢さを伸ばすことが難しくなることを考えると、成長に悪影響となる危険性が高くなります。
そして上でも、また前の記事でも触れましたが、「コオーディネーショントレーニング」は非常に有効です。バスケに触れながら楽しく体の賢さを伸ばすことができます。コオーディネーショントレーニングについてはいろいろな書籍も出ていますし、JBAもDVDを出しています。
ちなみにコオーディネーショントレーニングには、運動神経一般を伸ばす「一般的コオーディネーショントレーニング」とその競技の動き、用具を使いながら運動神経を伸ばす「専門的コオーディネーショントレーニング」の2種類があります。前者は主にActive Start、FUNdamentalsで、後者はFUNdamentals 、Learn to Trainで有効です。JBAから出ているコオーディネーショントレーニングは後者ですね。バスケの練習の中で体の賢さを伸ばすためには非常に有効な手段です。
また体の賢さを育てる観点から見て、成長期よりも前に1つの種目に絞ることは全くおすすめできません。この時期にはできるだけ多くのスポーツに参加させることが大切です。バスケとサッカーや野球、テニス、水泳、陸上、体操などを組み合わせながら、最低でも2つ以上の種目に取り組ませるべきです。この点でアメリカのシーズン制は非常にうまく機能していると思います。
余談になりますが、こうして2つ以上の種目に取り組むことで、上のカテゴリーに上がったときにより得意な方を選ぶことができます。そうすることで完全に運動をやめて不健康になるのを防ぎ、かつ自分がやったことがある種目だと親しみもあるため、将来プロスポーツの観客となることも見込まれます。こうしてスポーツ産業全体が支えられる土台にもなるのです。
成長期より前の期間は主に幼稚園、小学生になるかと思いますが、日本で2種目以上に参加し続けるためには、それを支えるシステムも必要です。例えば地域総合型スポーツクラブは非常に良い例です。多数のスポーツが選択肢として用意されており、かつ数種目に同時に取り組んだり、競技間の乗り換えが非常に容易です。こういった取り組みが各地で広がるといいですね。
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この記事の著者
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1989年生まれ、香川県出身。香東中学校-高松高校-東京大学-ウェストバージニア大学大学院アスレティックコーチング専攻。小学校からバスケを始め、大学3年次までプレイヤー4年次には学生コーチと主務を兼任しながら、株式会社Erutlucで小中学生の指導にあたる。現在はアメリカDivision I 所属のウェストバージニア大学大学院でコーチングを専攻しながら、男子バスケ部でマネージャーとして活動中。
コーチMのブログ http://ameblo.jp/tamorimorimori83/
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