Torsten Loibl 氏が用いた『ファイブ』。その導入プロセスを考える(Euro Basketball Academy monthly Coaching Clinicより)

Torsten Loibl 氏が用いた『ファイブ』。その導入プロセスを考える(Euro Basketball Academy monthly Coaching Clinicより)

以前の記事、Torsten Loibl HCが国際大会で使用したオフェンス①『ファイブ』では、2018年度のU16、U18、U19(2017年)男子代表チームが使用していたハーフコートオフェンスから「ファイブ」(名称はコール名より。Youtubeなどでは類似するプレーを『Pin Chase』と紹介している動画もあった)の全体像を紹介しました。

前回記事にも記載しましたが、トーステン・ロイブル氏が講師を務めるEuro Basketball Academy monthly Coaching Clinicの中では、「ファイブ」のエッセンスを抜き出した練習ドリルや、ゲームで成功させる為に必要な個人スキル(ピックの掛け方、ユーザーの使い方、ドリブルスキル、そしてパスのスキルや、判断基準など)が段階的に紹介されていました。

本稿では、クリニックの中で紹介されていた段階的なドリルを、テキストと図解と共に説明するとともに、ロイブル氏から説明があった事柄を紹介する事を試みたいと思います。

なるべく忠実な再現を試みますが、当時の詳細のメモを紛失してしまった事、半年以上前のクリニックを記憶を辿っている事などから、執筆者の極端な解釈も色濃く出ている部分があるかもしれません。その部分はご了承頂くと共に、誤りがあればご指摘を頂ければ幸いでございます。

また、前回同様に、細かなパス動作のスキル、ドリブルのスキルなどはWEBテキストという都合、割愛しています。

導入① 同じスペーシングを抜き出し、3人のオフェンスで実施(ディフェンス無し)

「ファイブ」でキーとなるオフェンスと同じ位置に、オフェンスを配置。パサーの位置にコーチ役を置き、ダウンスクリーンから一連の流れをスタートします。「5」の選手のスクリーンセット、「3」の動き出しのタイミング、ボールレシーブからスクリーンセットまで、技術指導と共に進めます。この際、ダウンスクリーン後に追いかけるようにピックをする選手は、左サイド、右サイド、両方のパターンを練習していました。

ピック&ロールのユーザーに対しては、ディフェンスの対応で見るべきポイント、突き出しの足の位置、視野の確保、またはスクリーンの反対サイドを突くプレーなどを紹介。まずは、そのまま自分でゴール下でのシュートを行います。

※このようなノーディフェンスのドリルの中で、Show Hardで守られた際のリトリートドリブルや、Showの間を抜く(スプリット)など、ディフェンスバリエーションを想定し、それぞれのスキル練習を組み込むケースを別のドリルで見た事もあります。(ウィングでのPNRの場合にはICEへの対応として、ボールマン、スクリナー両方への指導もありました)

導入② Helpディフェンスを場合分け。必要となるパススキルの紹介

レイアップの次は、パスを選択肢に入れ、ドリルの構成要素を増やしていきました。まず、Diveまたはポップをするインサイドの選手に対してのパスの種別を提示。特に、Diveしたインサイド選手へのポケットパスを呼ばれるパスについては、DFの対応に応じて、ゲームで必要となるパスを紹介していました(※本稿では冒頭の通りに詳細は割愛します)

<例>

認知、判断、実行の重要性。良いパスの定義「「ディフェンスに奪われることなく、よりチャンスが生まれる場所にボールを運ぶ技術」(『バスケットボールの教科書<1>技術を再定義する』より)

クリニックの中でロイブル氏の熱量が高まったのは、コーナーへのパス指導(上手参照)です。スクリナーがセットした位置が右側でも、左側でも、コーナーへのパスの判断材料となるのはX1のHelpディフェンスが動くタイミングや、スペーシングとなります。ドリブルからのワンハンドパスで。鋭くコーナーへパスを通る練習を組み込んでいました。特に、右側にセットしたケースでは、飛距離もパスコースも難しくなりますが、ここを通す事が出来ればチャンス(クローズアウトの距離が長くなり、フリーでシュートを打てる。クローズアウトに対してカウンタードライブが仕掛けやすい)が拡がります。

ERUTLUC鈴木良和代表が執筆された『バスケットボールの教科書<1>技術を再定義する』では良いパス技術の定義として「ディフェンスに奪われることなく、よりチャンスが生まれる場所にボールを運ぶ技術」と紹介されています。鋭いワンハンドパスを通すことは難易度が高い技術ですが、このパスが通れば「よりチャンスが生まれる場所にボールを運ぶ」ことに成功したと言えるでしょう。

※実際の練習では、X1(コーナーの選手のDF)だけをダミーを配置。早めにHelpに出てくるか、ドライブに対してHelpに来る、コーナーの選手に近いポジションで、そこまでHelpに来ない、、などのシチュエーションに対して判断する段階もありました。

※Milos Teodoshic選手のプレシーズンハイライトより。Helpディフェンスを欺くかのように鋭いワンハンドパスをコーナーへ飛ばしている場面があります。

用いるのは同じスペーシング。ディフェンスを付けての実戦形式へ。

続いて、図のようにディフェンスを付けた上で、3対3を実施。チームで使用するフォーメーションのエッセンスを抜き出した同じスペーシングになっています。※ディフェンスをダミーとしたか、DF側も真剣に守る設定にしたかどうかは、メモの都合で忘れました。

①ダウンスクリーンからスクリーンセットまで(右、左の両方を記載)

②-1

スクリーンセットから、ピック&ロールでの仕掛けをスタート。重要なスペース(黄色サークル)を巡るX5、X1の守り方に応じて、オフェンスは判断。

②-2 

右側にスクリーンをセットしたケース。(ダウンスクリーンとオンボールスクリーンの連続で)X5の対応が遅れ、ドライブで侵入できるケース。HelpにでてくるX1の選手との駆け引き。

②‐3 

X5のDFがShow Hardなどで対応し、ドライブで侵入できなかったケース。Roll manである5へのポケットパスや、(難しいプレーにはなりますが)、X1が過剰にHelpに出ていればコーナーへスキップパス。※DFとしては、Show Hardする以上は、コーナーへ鋭く飛ばされるパスを封じなければいけないのかもしれません。

チームオフェンスの導入を通じたスキル指導、スムーズな導入

現代社会では、NBAやNCAA、欧州各リーグ、FIBAの国際ゲームを視聴する事が可能です。NBAなどの著名なチームの場合、playbook(フォーメーションプレーを整理された資料)の特集映像やPDFファイルを入手する事が可能です。各コーチが、自分の好きなスタイル、自チーム選手の特徴や、勝ちたい相手の苦手なオフェンス戦術を採用されていると思います。

ですが、勿論、NBAや、FIBAの国際ゲームで有効に機能したハーフコートオフェンスをチームに導入しても、直ぐには上手く行きません。ウォークスルーなどを通じ、基本的な動きは理解したとしても、ゲーム中に状況を捉え、判断し、実行する領域に到達する為には訓練が必要です。情報を入手する事を簡単ですが、それをチームに導入していくことは簡単ではありません。

筆者がEuro Basketball Academy monthly Coaching Clinicで感じた事は、チームで使用する基本的なスペーシングを、スキル練習や、シューティングドリルの中で取り入れて習慣化させる(『見える化』と)する事の重要性です。

ゲームで起こりうる状況をケースに分けて紹介。その上で、必要になるスキルや判断基準を提示。実際のゲームで使用するスペーシングのエッセンスを抜き出し、実戦形式の中で訓練。ファンダメンタルの練習の中でも、なるべく早い段階で、認知、判断をした上で実行するドリルが組み込まれ、コートの状況を把握しながらプレーをする状況を作り出す。練習ドリルから5対5のゲームに至る、一筋の大きな道の存在を感じました。

ハーフコートオフェンスのフォーメーションを教え、いきなり5対5の中で実施するだけではない。スキル練習や、状況判断の要素も織り込んだ段階的なカリキュラムを用意し、ゲームに近しい状況でトライ&エラーを繰り返す環境を用意。有限である時間をフル活用し、選手個人の判断力や想像力を鍛えると同時に、チーム全体にも共通認識を植え付ける。

実際の代表合宿や、プロチームの指導の中では、異なった導入プロセスを踏んでいるのかもしれないが、一連のクリニックより、限られた時間を有効活用する、トーステン・ロイブル氏の巧みなプログラムを強く感じたクリニックとなりました。

※本稿では詳細を紹介できなかったパスの種類について。例えば、ピック&ロールからRoll Man(Diveなどをした選手)へパスを出す際のパスの種別や判断基準については、エルトラックさんが出版されている『パッシングゲームトレーニングブック』(著:水野慎士, 鈴木良和)内に非常に詳しく紹介されている様に感じました。上記書籍は、カッティングプレーや、オフボールスクリーンを駆使し、ノードリブルでオフェンスを展開する・・という意味合いでの「パッシングゲーム」を推奨する書籍ではなく、ゲームの中で必要となるパスについて、技術、判断、スペーシングの観点から紹介されている書籍です。その為、ドライブからのパス、ピック&ロールからのパスについても、写真と文章で丁寧に紹介されています(勿論、カッティングプレー、オフボールスクリーンを成功させる為の考え方も「パス」を軸に紹介されています)

この記事の著者

片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。