子どもの発達に合わせた7段階の指導モデル:森高大氏寄稿
「一貫した指導」で選手を導きたい。日本でも、ここアメリカでもさらなる研究が望まれる分野です。実はアメリカでも、育成システムが充分に整っているとは言えません。その分、研究者たちが「どうすれば長期的に見て選手のパフォーマンスを向上させられるのか」について研究を進めています。
今回はアメリカで研究されているモデルのうちの1つを紹介したいと思います。あくまで一例であり、これが絶対というわけではありませんが、現場レベルでも充分に役立つものだと思います。
目次
- 長期的アスリート育成:Long-Term Athlete Development
- 7つの発達段階とその分け方
- 1.Active Start:生まれたときから、劇的な身長の伸びが落ち着く(年に5cm程度)まで
- 2.FUNdamental:急激な身長な伸びが落ちついてから2〜3年後まで。目安は男の子が6〜9歳、女の子が6〜8歳
- 3.Learn to Train:FUNdamentalが終わってから成長期が始まるまで
- 4.Train to Train:成長期の間。身長の伸びのピークが過ぎてから1〜1年半後まで
- 5.Train to Compete:Train to Trainが終わった後。高校生辺り
- 6.Train to Win:カレッジ、プロ。これはとばされることもある
- 7.Active for Life:現役を退いた後
長期的アスリート育成:Long-Term Athlete Development
Long-Term Athlete Developmentは、日本語にすると「長期的アスリート育成」となります。選手の生涯全体を考えたときに、どうすれば最も選手のためになるかを考えた育成モデルです。それぞれの発達段階にとって適切な能力を伸ばすことで、生涯に渡って健康を促進しながら、子どもたちがアスリートとしてのパフォーマンスを最大化できるようサポートすることが目的です。
7つの発達段階とその分け方
Long-Term Athlete Developmentでは、1年ごとの身長の伸びを基準にして、7つの発達段階を設定しています。
- Active Start:生まれたときから、劇的な身長の伸びが落ち着く(年に5cm程度)まで
- FUNdamentals:急激な身長な伸びが落ちついてから2〜3年後まで。目安は男の子が6〜9歳、女の子が6〜8歳
- Learn to Train:FUNdamentalが終わってから成長期が始まるまで
- Train to Train:成長期の間。身長の伸びのピークが過ぎてから1〜1年半後まで
- Train to Compete:Train to Trainが終わった後。高校生辺り
- Train to Win:カレッジ、プロ。これは飛ばされることもある
- Active for Life:現役を退いた後
以上の7つです。子どもがどの発達段階にいるかは、年齢だけでは区別できません。子どもによって成長の早さが大きく異なるからです。そこで用いられるのが、「身長の伸び」の記録です。1年ごと、もしくは半年ごとに身長の伸びを記録します。恐らく学校でやっている身体測定の記録が活用できるでしょう。
1.Active Start:生まれたときから、劇的な身長の伸びが落ち着く(年に5cm程度)まで
多くの場合は小学校に入るまでの期間になります。ここでは活発に動いて遊ばせ、楽しませることで基本的な運動スキルの基礎を学びます。子どもにとって安全で、かつ少し難しい運動を必要とする環境で遊ばせるとよりよいでしょう。
様々な遊び道具を与え、身体を動かして遊びながら、Agility(アジリティ)、Balance(バランス)、Coordination(コオーディネーション)、Speed(スピード)にアプローチしたいところです。しかしこの段階ではこれらの能力を「伸ばす」ことにあまり神経質になる必要はありません。大事なのはできるだけ毎日、1時間程度身体を動かして遊ぶことです。
2.FUNdamental:急激な身長な伸びが落ちついてから2〜3年後まで。目安は男の子が6〜9歳、女の子が6〜8歳
ファンダメンタルですが、最初の「FUN」が強調されているように、楽しませることが最重要です。ここでは走る、打つ、捕る、投げる、跳ぶなどの基本的な運動スキル、身体の動かし方を学びます。ここで学ぶことが全ての身体運動にとっての「基礎」になります。ここで最も伸ばしやすい能力は、
- Agility(アジリティ、細かく、素早い足の動き)
- Balance(バランス)
- Coordination(コオーディネーション)
- Speed(スピード。特に手や足のスピード)
- Rhythm(リズム)
の5つです。ここでどれだけ遊ばせながらこれらの能力を伸ばせるかが、選手の身体の賢さを大きく左右します。もしミニバスなどの年代を教える場合は、バスケ特有のスキルを伸ばすというよりも、これらに比重を置いてアプローチした方が最終的な選手のパフォーマンスを伸ばせる確率が上がります。
この時期に中枢神経系が発達するため、中枢神経が主にコントロールするアジリティ、スピードへのアプローチが必要になります。1回5秒未満の短いドリルを、様々な種類で取り組むと効果が高いです。
特にこの時期に陸上(speed, coordination)、体操(agility, balance, coordination)や水泳(balance, coordination)に取り組んでおくと非常に高い効果が得られます。必ずしもチームやスクールに所属する必要はありません。学校の体育である程度はまかなえるかと思いますが、休日などに親子で遊びながら取り組めると最高ですね。バスケを始めていてもよいですが、それに時間を割かれすぎてバスケだけにならないように注意が必要です。多様な運動を経験させましょう。
3.Learn to Train:FUNdamentalが終わってから成長期が始まるまで
この段階で初めて、そのスポーツ特有のスキルの習得が重要になります。しかし、ここでもまだ1つの種目に絞るのは望ましくありません。身体の賢さを効果的に伸ばせる最後の期間だからです。ここでJBAのコオーディネーショントレーニングが特に有効となります。バスケの技術を磨きながら身体の賢さを伸ばすことができます。
またこの段階では、コーチによってプログラムされた練習も重要な意味を持ってきます。これがLearn to Train(鍛え方を知る)と呼ばれる所以です。自分たちで遊びながら学ぶ段階から、練習から学ぶ段階へステップアップします。ただし、あくまでコーチは子どもが楽しめるような練習を組まなければなりません。
そして最も効果的にスキルを磨くことができる期間です。特にバスケの文脈だと、ドリブル、パス、シュートなどのバスケ特有の動き全てを含めて、スキルを磨く必要があります。そのため、過度に戦術に時間を割くことは禁物です。この期間を逃すとスキルを身に着けるのに余分な時間がかかってしまいます。バスケの全体像をつかませる程度のチームプレイは必要ですが、ゾーン、ゾーンプレス、セットプレイなどは不必要だと言えるでしょう。この部分はよく「ミニバスのゾーン禁止」議論などで的になっていると思います。子どもたちの貴重な成長の時間を、チームで勝ちたいというエゴで消してしまわないように注意が必要かと思います。
4.Train to Train:成長期の間。身長の伸びのピークが過ぎてから1〜1年半後まで
このステージは名前の通り、「トレーニングを積むためのエンジンを作る期間」だと言えます。一般的には中学校になるでしょうが、同じ中学校でもこのステージにいる子、1つ前のLearn to Trainにいる子、また特に女子では1つ後のTrain to Competeにいる子と、個人差によりステージが異なるため特に注意が必要です。年齢ではなく、身長の伸びをもとにしてステージを見極めましょう。
男女ともにこのステージで特にアプローチすべきは、
- Aerobic base(心肺機能)
- Flexibility(柔軟性)
- Speed(スピード。アジリティというよりは、直線的なスピード)
の3つです。
心臓や肺の急速な成長、血液量の増加などがこの時期に起こることから、心肺機能の強化はまず一番先に考えられるべき事柄でしょう。また骨や腱、靭帯、筋肉も急激に成長することから、この時期に柔軟性にアプローチすることも非常に効果的です。
またスピードにアプローチする際に大切なのは、「インターバルを充分にとり、短い時間(5~20秒)、本当に全力で走る」ということです。無酸素運動を引き起こすということですね。まだ息が整っていないうちに走ると、スピードのトレーニングというよりは、心肺機能のトレーニングの要素が強くなります。目的によって使い分けることが重要です。そして実は、女子はこの時期が筋力を身に着けるのに適したステージになります。男子とステージが異なるため、見逃さないよう注意が必要です。
このステージから、バスケ特有のスキルを導入、強化したり、様々な戦術を導入したりしていくことが重要になってきます。このステージではあくまで「次以降のステージで戦えるようにする」ことが目的なので、選手はすべてのポジションのスキルを学ぶのが望ましいです。アスリートとして戦っていくための土台を作る期間が、Train to Trainだと言えるでしょう。
5.Train to Compete:Train to Trainが終わった後。高校生辺り
身長の伸びのピークが過ぎて1〜1年半が経つと、急激な身体の成長も落ち着き、選手はTrain to Competeの段階に入ったと言えます。およそ高校生と書きましたが、これも個人差が大きいです。女子だと中学生でこのステージに入る子もいますし、男子だと高校生の中盤までここに入らない子もいます。男子はこのステージから、筋力強化が本格的に始まります。
この段階ではあらゆる側面で、競技力を上げることに注力します。どんな状況でも戦える、強い個人、強いチームを目指します。バスケ1本にしぼり、反復練習で今まで身に着けたスキルをよりレベルの高いものにし、様々な戦術を練習してより高度なパフォーマンスを目指すステージです。
多くのアスリートにとっては、このステージが現役としての最後のステージになります。
6.Train to Win:カレッジ、プロ。これはとばされることもある
「勝つために」トレーニングをするステージです。多くの場合ここには達せずに7のActive for Lifeに飛びます。このステージは主に、
- The mastery phase(世界クラスのプレイヤーになるまでの全ての期間)
- The stabilization phase(世界クラスのパフォーマンスを維持する期間)
の2つに分けられます。
このステージはどのプレイヤーにとっても現役としての最終ステージであり、技術面、体力面、戦術面、精神面、どの分野のパフォーマンスもピークに持っていくようにします。
7.Active for Life:現役を退いた後
現役を退いた後の全ての人がここに入ります。小学校でやめても、高校でやめても、プロまでいって引退しても進むのはこのステージです。このステージではActive for Lifeの名の通り、「引退後の人生を若々しく、元気に過ごす」ことが目的です。主には、
- Fit for Life(スポーツで身に着けた「身体を動かすのが楽しい」という感覚を生かし、健康な生涯をおくること)
- Competitive for Life(大会に参加し、自分を磨き続けながら、活発に人生をおくること)
- The Sport and Physical Activity Leaders(コーチ、審判、運営、ボランティアなどに携わり、スポーツの発展に尽くしながら人生をおくること)
といった3つの関わり方があります。
生涯に渡ってスポーツに関わるということは、集中力が増し、自己肯定感が強まるなど教育の面から、肥満など様々な病気を予防する健康促進の面から、健康に働ける人が増えるという意味で経済的な面から、社会に良い影響を与えてくれます。そしてコーチとして、または審判や運営として活動することで、次世代のスポーツの発展に寄与できるということは素晴らしいことです。
我々もアスリートたちが生涯スポーツを楽しめるよう、また社会にいい影響を与えられるよう、コーチとしての役割を果たしていきたいですね。
以上、長くなりましたが7つの発達段階についてご紹介させていただきました!
少しでも皆様がコーチしているカテゴリーのプログラム作りの、参考になれば幸いです。ご意見ご質問など何なりとコメントしてください!
こちらもオススメ
関連書籍(医学専門書は除く)
この記事の著者
-
1989年生まれ、香川県出身。香東中学校-高松高校-東京大学-ウェストバージニア大学大学院アスレティックコーチング専攻。小学校からバスケを始め、大学3年次までプレイヤー4年次には学生コーチと主務を兼任しながら、株式会社Erutlucで小中学生の指導にあたる。現在はアメリカDivision I 所属のウェストバージニア大学大学院でコーチングを専攻しながら、男子バスケ部でマネージャーとして活動中。
コーチMのブログ http://ameblo.jp/tamorimorimori83/
この著者のほかの記事
- 戦略・戦術2015.01.14強力な1-3-1ゾーンディフェンスを目指して −実践の方法と狙い−
- 個人スキル2014.12.17インサイドプレイヤーの1on1の攻め方と個人ワークアウト
- 戦略・戦術2014.11.26コーチがセットプレイを組み立てる時に陥りがちな罠
- 個人スキル2014.10.311on1の基本「ジャブステップ」をマスターするためのポイント