『社会に出る前に、組織の中でどのように自分を活かすかの術を学ぶ場にしたい』上智大学女子バスケットボール部と楪葉一朗コーチの挑戦(前編)

コロナウィルス感染拡大防止の観点より、スポーツの活動には様々な制約が課されている日々である。各競技カテゴリーは変則的な日程を余儀なくされた中、大学女子バスケット界では、東京医療保健大学が全日本大学選手権で優勝を成し遂げ、同大会で4連覇を達成した。

同チームのHCを務める恩塚氏は、コロナ禍でコーチングへのアプローチに変化があったとインタビュー等で幾度となく語っている。また、チームが発信したい文化として下記の言葉を語られている。

「ダメだから練習するとかいう考えをなくして、日本の子どもたちや大人も含めて、こんな自分になりたいということだけを見て生きて行くような文化を発信していくことを今後は目指したいです。今までの実績などは関係なく、私がこうなりたいということを素直に表現する勇気と、それをみんなが認めて背中を押せるような空気というか文化を作っていくモデルチームになりたいと思っています」(引用:東京医療保健大学がインカレ4連覇達成「チームを救うスーパーヒーローになれる」)

早速、チームのSNS等や『今のバスケット界に広めたいマインドセット発表会』等の催しを通じ、自分たちが大切にしている価値観を発信されている。また、株式会社エルトラックとも『平凡な事でも、やり続ければ非凡になる』をスローガンに、東京医療保健大学×ERUTLUC 連携教室 世田谷校がスタートしている。

さて、本稿の主人公は上智大学の女子バスケットボール部である。昨シーズン、約7年近くの念願が叶い、3部リーグに昇格。約15年ぶりに参戦する同リーグ戦の中、1次リーグ6位の戦績を残す。コロナ禍の都合、2020年度シーズンは入れ替え戦を行わないレギュレーションの中で行われた。仮に、入れ替え戦があったとしても、自動残留に圏内に残る成績を残す。

実は、同女子バスケ部は数年前まで存続の危機にあった。現在のチームの礎を築いたのは、上智大学女子バスケ部の歴史を継承し、試合に勝利する事を諦めなかった当時の部員とスタッフである。部員は2名、スタッフは同大学の男子バスケ部のOBであり、卒業後に外部コーチとしてHCを務めた楪葉一朗氏。当時、20代前半であり、社会人としての歩みをスタートしたばかりの青年である。

本稿では、苦しい状況から活動状況を立て直した上智大学バスケ部の奮闘を紹介したい。以前、株式会社アップセットの中に掲載した内容を加筆訂正したものである。

現在、上智大学女子バスケ部は、関東大学女子3部リーグに所属。本稿以降も、毎シーズン、組織の在り方や運営体制を刷新し、着実な歩みを継続している。

女子大学バスケ界の最高峰に位置する東京医療保険大学に比べると、注目を集めることは少ないはずである。

しかし、「明確な目標を掲げ、入念に計画を立て、各々の個性や特性を最大限に生かした役割分担をし、日々の着実な取り組みを継続していけば、大きな目標を達成する事が出来る」という文化の発信になる可能性もあるのではないかと本稿筆者は感じている。

2021年度シーズンは『3部7・8位リーグ優勝』を目標とし、目標を達成するためのスローガンとして『Break Through』を掲げている。上智大学女子バスケ部の取り組みを通じた楪葉コーチの信念の1つは「信じた努力は報われる事を証明する事」でもある。

まずは、存続の危機からの取り組みを紹介したい。

0、前提となる諸情報

上智大学女子バスケットボール部は1972年創部の体育会の部活動だ。現在でこそ、大学3部リーグに所属し、約15名の部員数を持つ。また、「大学バスケの雰囲気を知ってほしい」・「バスケットボールのついでに、大学の雰囲気を知ってほしい」事をコンセプトに持つ、学生が主体となって運営されている「ソフィアカップ」の開催など、精力的に活動をする体制が整っている。2013-2014年頃には部員数が2名しかおらず苦しみながらの活動が続いた。

現在の礎には、同大学でのプレーを諦めない不屈の精神を持った当時の選手と、同大学のOBであり、HC歴を持たない青年コーチにより地道な歩みの継続があった。

上智大学女子バスケットボール部

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1、少人数での苦しい取り組み

上智大学女子バスケットボール部は1972年創部の伝統のある部活動である。しかし、2011年頃、チームは部員数の確保に苦しんでいた。

練習中の5on5はままならず、練習試合をする際にも助っ人を呼ばなければならない。チームとして5名以上の選手がいないので、チームプレイをする機会すら存在しない。

公式戦には助っ人(大会としてはきちんと選手登録はしているが、同チームの活動に本腰を入れて活動をしている選手ではない、という意味)がいなければ成立しない為、綱渡り状態でのやりくりが続いた。

そのような状況であるのだから、そもそも、学内にて部活動の存在の是非を問われた事もあり、盤石の態勢で挑む学内の他体育会からも孤立したような状態で肩身の狭い思いをしていた。

そこに、一つの転機が訪れた。

同大学男子バスケットボール部を引退し、就職留年の為、もう1年間学生生活を送る事になり、バスケットボール部のスタッフとして経験を積む事を考えていた楪葉氏が女子バスケットボール部の練習などにお手伝いで顔を出すようになる。

当初は、本当にお手伝いの感覚での関わりであったが、前コーチより正式にコーチ就任の話を受けたのを機に、所属選手に対して、部活動に対する気持ちのヒアリングを実施。というのも、安定しない部活動の背景を知りつつも、どうしても覇気が無いと感じてしまう当時の女子バスケ部の試合などを観ていた為、本当に勝利を追い求めているかどうかを知りたかったからだという。

結果としては、回答はYESであった。部員数が少ない為にどうしても助っ人的な関わりで試合に出てもらうなどで挑むしか無く、そうであるがゆえに、温度差もあり、何をするにもどうしようもなくて困惑をしていたことを知る。「勝利の為、お互いに全力を尽くす事」を条件にコーチに就任し、新体制での取り組みが始まる。

2、組織再生への取り組みに着手。しかし、コーチは大阪へ

まず、選手3名(その内1名は怪我人)のチームではバスケットボールの活動を行う事が物理的に困難だ。また財政的にも非常にやりくりが厳しいという状況を打破する必要があった。そのため、部員の獲得、組織の再生(健全化)へと取り組む。

学内のバスケサークルの選手に体育会の案内をし、助っ人として参加してくれた選手を本格的に勧誘、手作りのポスターを制作し学内への掲示をし、SNSを活用して情報展開に励む。

同時に、学生にとってのやりがいの創造、卒業後にも集える場所の創造、財政的な支援を得るためにOG会の設立へと働きかけた。OGの方々へのアポイントを始め、バスケ部再生のための構想や理念などを伝え、賛同を得られるように地道に話をする。それが実り、OG会の設立や財政的な支援を得られることが決定。

会の設立時に、「時として、勝利を目指すために、部員にもある程度の厳しさやルールを求めて部員数の不足を招くのであれば、部活動という敷居を下げ、まずはサークル感覚で部員数の確保を優先するべき」とOGに指南された事もあった。OGならではの部に対する愛情であったのであるが、コーチ就任当初の学生との約束である「勝ちにこだわる、その為に全力を尽くす」の軸を変えるわけにはいかず、必死の説得を重ね、あくまでも勝ちにこだわる姿勢を貫く方向性で納得をしてもらう。

上記のように、関わるメンバー同士の理念や想いの共有し、部活動の体制を整え、最善の準備を継続した。それでも、大変不本意な結果ではあるが、12-13年シーズンでは関東大学リーグ戦は1試合のみの出場に終わり、残りの試合は棄権せざるを得ない状況に陥った。

さらに、楪葉コーチが学生コーチの立場を卒業し、OBとしてのコーチになる時期が迫っていた。これまでのように時間を割く事も難しくなってしまう、さらには、楪葉氏の勤務地が大阪への辞令が出され、追い打ちを掛けられる。

大阪への辞令発令時、楪葉氏はエルトラックが企画するスペイン・コーチングツアーへの参加の最中だったという。来るべき新年度、新シーズンに向け、覚悟と情熱をもってバスケットボールの学びの場へと意気揚々と向かっている矢先に想定外の辞令が飛び込み、流石に強く落胆したという。

それでも、慣れない社会人生活1年目、しかも大阪勤務とあれば部活動を離れても不思議ではないが、毎週末に大阪から東京へと夜行バスで通ってチームを牽引し続ける事を決意。周囲からは冷ややかな目で見られることもあったが、「お互いに全力を尽くす」という部員との約束を果たす為、そして再起を懸けて情熱を注ぐ2名の部員の奮闘をしっていたからこそ、ここで引き下がる事を良しとしなかった。

3、大阪から東京へ通う日々

毎週末にMTGを重ね、昨年度の取り組みを見つめなおし、継続する部分と改善する部分とをリストアップし、一つ一つの行動を改善していく。

同大学には、サークルを含めてバスケットボールやスポーツを行う環境は他にも存在し、部活動に在籍する事の優先順位や学内での認知度は低かった。まず、それを改善する為、新入生の勧誘時期(フレッシュマンウィーク)では、従来のコストを抑えた白黒のチラシから、カラーのチラシへと変更。全2名の部員の中、1名が就職活動のため、残りの1名がブースに座って勧誘する姿を見かねた他体育会の選手がチラシ配りを手伝ってくれることもあったという。

これまで、孤立しがちだった部活動であったが、本気で改革に取り組もうとする心意気が伝わった格好だ。

また、そのような地道な勧誘活動に加え、高校時代に競技経験のある選手を見つけ、春のトーナメントや、上南戦に出場してもらい、学校の名前を背負う体育会の意義を感じてもらう機会を作る。(目の前の試合に出る為だけの助っ人ではなく、中期的な視点を持ったリクルート)。

結果、4名の部員が正式に入部し、秋のリーグ戦では6名でリーグ戦に参戦。目標である3部優勝には届かず、3勝3敗で、6チーム中4位にて1次リーグ敗退。だが、1年前は棄権せざるを得なかったチームがリーグ戦を3勝3敗で、6チーム中4位にて1次リーグ敗退。単に戦い抜いただけでなく、周囲のサポートや理解を得ながらも、自分達の手と足で一つ一つの体制を整えた末での結果には手応えがあった。

4、9年ぶりに上南戦での勝利

翌シーズン、シーズンイン当初から部員5名以上が在籍した状態で活動がスタートし、鍛錬を重ねる。その成果もあってか、前述のとおり、9年ぶりの上南戦での勝利を掴む。上智大学からも、上南戦で1番に活躍したチームに送られる学長賞を受賞した。学内の新聞でも堂々と1面を飾る。

当時の状況を楪葉コーチはこう語る。

「部員の中で4名は去年の上南戦の負けを味わっており、リベンジしたいという気持ちを強く感じました。勝因は、『1年間5人で一緒に練習してきたから』と、『4年生の想い』ですね。30点差以上で負けた昨年の経験を経て、部員が精神的にひと回り大きくなったのを感じました。単純な話ですが、1年を通じて共にチームでプレーしてきたからこそ、エンドプレーやフォーメーションも効果的に決まりました。以前までは、試合前日に助っ人選手と合流し、エンドプレーやフォーメーションを確認するというレベルでした(苦笑)

また、1年生の時から、「部員が少ない」という、最も苦しい時期を支えてきてくれた4年生の活躍が凄まじかったです。主将として誰よりもルーズボールに飛び込み、同時にPGとして多くのアシストパスを供給。延長戦ではオールコートプレスをかけられた際も慌てずに全て1人でボールをフロントコートまで運び、勝利の立役者になってくれました」

手作りの組織ながらも、温かみと目的のある組織に人は魅力を感じ、集まってくる。上南戦での勝利、そこに至るまでの道筋で纏った熱気は、数々の選択肢の中から上智大学女子バスケットボール部を選択するのに十分に魅力のある試合であったようだ。その勝利を機に多くの選手が部の門を叩き、部員数の確保にもつながった。

迎えた秋のリーグ戦、3勝4敗で8チーム中5位。

上南戦での勝利。そして4部リーグの優勝。後者の目標には届かなかったが、確かな手ごたえをつかんだシーズンであった。

部員と二人三脚でチームを支えている楪葉コーチ。同大学バスケ部員に、学校中から注目が集まる上南戦での勝利と3部昇格の喜びを味あわせてあげたいと語る。その活動の根幹には、『社会に出る前に、組織の中でどのように自分を活かすかの術を学ぶ場にしたい』という深い理念があるという。

「4年間の部活動を通して、どれだけ「組織の中で自分を活かすことができるか?」を学んでいってもらいます。確かに組織の中なので、様々な物事が自身に影響を及ぼすと思います。どうしても自分1人ではうまくいかないこと、変えられないこともあるでしょう。しかし、そのような環境でも全力で物事に取り組み、「どうやって自分を活かすか?」という正解のない問いに対して、試行錯誤することに大きな意義があると感じています。学生には4年間で多くの成功体験や失敗体験を通して、模索してほしい。

2015-16シーズン、チームの目標は上南戦での連勝と3部昇格。チームのスタッフには、バスケットボール学会などでも活躍をする飯田祥明氏、トレーナーとして樋口舞さんが、男子バスケットボール部担当トレーナーからの紹介により、2014年シーズンからチームを支える。トレーニングのテーマは「4部最高の肉体作り」。現在着手している最中だ。

しかしながら、新しい部員には、苦しい中で部活動を続けてきた世代を知らない選手もいる。だからこそ、「周りに感謝する」ことを継承したいと楪葉コーチは語る。

「アシスタントコーチやトレーナーが支援してくれるなど、今では当たり前の環境も、少し前までは考えられなかった。自分をサポートしてくれる方、対戦校の方も含めて、周りに感謝しながら自分を磨いてほしいです。

コーチングを始めてからの手ごたえですが、学内では上南戦勝利による学長賞の影響が大きいのか、応援してくれる人も増えました。男子バスケ部のスタッフも皆応援してくれています。またスタッフ同士でもお互いの長所を伸ばしあう非常に良い関係を築けているのもチームの成長の一因かと思います。」

5、ソフィアカップ開催、高校バスケと大学バスケの道しるべの一つに

記事掲載当時、同チームでは飯田ACの音頭により、ソフィアカップと称した大会を開催している。カトリック校や、上智大学の進学する可能性のある高校生が在籍している進学校などの高校を集めた招待試合である。

上智大学は勿論だが、大学体育会のバスケットボールの雰囲気を知ってもらう事をコンセプトとした取り組み。高校生同士の交流戦や、上智大学との対戦以外にも、部員によるキャンパスツアーも企画。バスケットボールを通じた交流を推進している。

リクルートや推薦入試等での有望な選手の発掘等の意図はない。上智大学の雰囲気、及び、大学の体育会という世界の雰囲気を知ってもらう事を主眼としている。「大学に進んでも、競技を続けてくれる人が少しでも増えたら幸いです。」と飯田ACは語る。参加チームのコーチ、選手、保護者からも好評を博している。

現在、来るべき2016年度の戦いに向け、ファンダメンタルとフィジカルの強化に取り組み、さらなる躍進をすべく、練習を重ねている。

(後編に続く)

参考

その後もソフィアカップは継続的に開催され、高校生チームからも好評を博してる。

春日部女子高校バスケットボール部 ソフィアカップ参加レポート

https://twitter.com/SophiaWbbc/status/1109833615309864960?s=20

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。