インタビュー:小泉明彦(neoうめや)その6

小泉明彦06好評シリーズ、小泉明彦さんの最終章。実業団バスケットという世界の中でも珍しい形態の中で競技に打ち込む中、小泉さんは何を学び、何を信じ、どのようにチームと関わって来たのかについてお話をお伺いしました。写真は、某漫画のオマージュです。

実業団リーグという、世界の中でも珍しい競技環境でバスケットボールを続けられてきた中、DUKE大学のバスケスタイルや、NCAAの放送、または数少ないであろうメディアを通じて学んできたコーチKさんの思想やスタイルは、小泉さんの実業団時代のバスケットにどのような影響を与えていたでしょうか?

私が社会人になった頃(1992年)は、日本リーグ(現JBL、JBL2)は全て企業チームによる実業団リーグで、日本人にプロ契約選手はおらず、チームによって業務量に差異はあったものの、サラリーマンとして仕事をしながら、日本のトップリーグの選手としてバスケットボールに取り組んでいました。

そういった意味では、SATなどの学力テストの点数が入学要件となり、入学後も必要単位(成績)を取得しないとプレイできないなど、日本の大学よりも学業とスポーツとの両立に厳しいNCAAに通じるところがあったと言えるかもしれません。

影響を受けたという点では、私はサイズにも運動能力にも恵まれていなかったもので、NBAよりNCAA、NCAAの中でもデュークはもちろんのこと、インディアナ大など派手さに欠けても能力に頼らない基本に忠実なチームが好きで参考にしていました。 自分の生きる道として、特にNCAAの中でも相対的に運動能力で劣る白人選手のプレイスタイルを意識していましたし影響を受けました。

現役時代の喜ばしい結果や成果といえば、入替戦に敗れて日本リーグ落ちを経験したのですが、その後同じく日本リーグ復帰を目指していた所沢ブロンコス(現bjリーグ:埼玉ブロンコス)と関東実業団選手権、全日本実業団選手権で覇権を争い、結果再び日本リーグに復帰できたときのことが思い出に残っています。

私は主力選手として常に試合に出て活躍していた訳ではなかったので、自分のプレイで成し遂げたと胸を張って言える結果・成果ではないのですが、コーチKやコーチKの恩師であるボビー・ナイトが「試合に出ることが滅多にないウォークオンの選手(日本で言うと、スポーツ特待生に対しての一般生)の練習等での取組姿勢がチームへ好影響を与え、チーム力を向上させると高く評価している」と聞いたことがあったので、自分も練習やチーム内でのコミュニケーションなどで勝利に貢献できると信じて、あまり試合に出れなくても誇りを持ってチームのために全力で取り組んでいました。 しいて言えば、これが到達した境地だったのかもしれません。

バスケットボールを通じて学んだこと、また、その学びの中で仕事をするうえで大きく役に立ったことは何がありますでしょうか?

月並みではありますが、仕事同様にチームで成し遂げることの素晴らしさを、仲間を信じて、仲間の力を借り、時には自己犠牲の精神で取り組むことで初めてチームが機能し成功することを学びました。

また、絶対に努力をしないと報われることはないし、努力をしても報われないこともあるという厳しさを学び、何度も失敗を繰り返して初めて成功するという経験から、失敗が続いても挫けない心を養いました。

チームという組織を通じては、選手間もそうですし、監督・コーチ、OBの方々との世代間のコミュニケーションを学び、いずれも仕事に大きく役立っていると思っています。

人生40年ちょっとのうち、30年以上バスケットボールをやってきた訳ですから、ほとんど全てのことをバスケットボールを通じて学んだといっても過言ではないかもしれません。

バスケットボールならではという観点では、バスケットボールはプレイに継続性があり攻守の切り替えが非常に速いスポーツですので、コートサイドにコーチはいても、コート内での選手一人ひとりの瞬時の正しい判断が必要になります。

これは仕事にも通じることで、上司はいれど都度判断を仰ぐ訳にはいきませんので、普段からの上司の方針を理解し、その方針から外れない範囲で自身で判断して業務を進めることが求められます。

また、激しい動きの中で非常に精度の高いプレイが求められるバスケットボールでは選手間のコミュニケーションが非常に重要であり、且つ試合が動いている中、試合が止まる短い時間の中で簡潔かつ正確に相手に意図を伝える必要があり、コミュニケーションスキルが磨かれると思います。

こういったコミュニケーションスキルは、バスケットボールをやってきたことで習慣として身に付き、仕事に於いても大変役に立つ能力ではないかと考えます。

(intervier 2013.3 片岡秀一/UPSET)

インタビュー:小泉明彦(neoうめや) その7

この記事の著者

片岡 秀一
片岡 秀一ゴールドスタンダード・ラボ特別編集員
1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。

宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。