【書評】バスケットボールの教科書 <3>チームマネジメント基礎
GSLでは、2017年頃、共同編集長の片岡秀一が個人のSNS内で上記書籍の書評を投稿している。当時の自分なりに読みつくし、考えつくした後の書評であり、同社代表の鈴木良和氏のFB等でも言及いただいたこともあり、達成感を味わっていたのである。
しかし、2022年1月下旬より、様々な縁で、同書籍を再読すると、様々な学びに溢れた書籍であると実感する。2017年の自分自身のコラムが恥ずかしくなり、大幅な加筆訂正を決意。管理人の自己満足に過ぎないが、下記に、書評として投稿いたします。
目次
【書評】バスケットボールの教科書 <3>チームマネジメント基礎
著者は株式会社ERUTLUCの代表を務める鈴木良和氏。同社は、3つのミッション「より多くの子ども達になりうる最高の自分を目指す環境を提供する」・「チームスポーツだからこそできることで教育に貢献する」・「世界で最もビジョナリーなコーチチームを作る」を掲げ、理念に基づく、誠実、かつ、先駆的なプロジェクトを実施しており、バスケットボール界で強い信頼と大きな注目を集める組織である。2022年4月9日には20周年を迎えている。
上記理念を実現する手段の一つとして書籍の出版等でも精力的に活動。全4巻からなる『バスケットボールの教科書』も好評だ。全4巻シリーズの前半2冊では、バスケットボールの特性を踏まえ、上質な技術を改めて再定義することを試みており、多くの方々に発見を与えている。
「技術や戦術、戦略というのは組織の成果を左右する要素の一部分でしかありません。組織の成功を左右する要素はもっと多岐にわたるのです(P.6)」と語り、「チームマネジメントのピラミッド」というモデルを活用して、コーチのチームビルディングをする際の指針にならんとする書籍が、2017年に出版された第3巻である。スポーツチーム、または企業等の事例より、卓越したチームに共通する特性が様々な角度から明らかにされている。
著者は、経営者として、『ビジョナリーカンパニー』・『7つの習慣』やドラッガーのマネジメントやイノベーションに関係する著名なビジネス書を読み込み、事業経営の中にも積極的に組み込まれてきたという。また、バスケットボールのコーチとして、ジョン・ウッデン氏を尊敬しており、同著作等や哲学にも深く考察されている。
また、実際のコーチング活動を通じ、各カテゴリー、各地域の選手、コーチ向けのクリニック指導の経験も豊富で、長年に渡り、様々なカテゴリーのコーチとの付き合いがある。
その為、本書籍は、時代の風雪に耐えて生き残った叡智がバスケットボールの競技現場の実情や環境に合わせ、また、実践者としてのご自身の経験を踏まえて紹介されていく。
本書籍の特性は、2つの方向性からの学びを得られることにあるはずだ。ある人にとっては、ビジネス書のエッセンスをスポーツ現場への落とし込み際の視点を学べること。また、ある人にとっては、バスケットボールの問題解決を通じ、汎用性のあるビジネス書の考えを学べ、義自身が関わる他の領域にも活かせるという学びである。
私は、本著を読み進める際に、2つの視点を持つことで、本書籍を堪能でき、コーチングや、実生活で活かすことができた。本稿では、それを記載したい。
視点① 各因子を、自らのコーチ活動の文脈に合わせて考察する
一つは、上記のように、様々な考察と経験を通じて紹介される各因子を、単体で味わい、自分自身の関わるスポーツ現場や、組織等と照らし合わせることである。
特に、ピラミッドの礎である理念については、理念を持つことの重要性が「偉大なチームを作る指導者の方々と、そうでない指導者の方々との大きな違いは、指導者としての理念を持っているかどうか、信念とも呼べる確固たるものを確立しているかどうかです(P.12)」・「勝利しようが、敗れようが、理念は伝わります。 勝利からも敗北からも理念を伝える機会を手に入れることができるのです。コーチはまず自分がチームや選手に「何を残したいか」を考えなければなりません。(P.14)」と強調される。
そして、ジョン・ウッデン氏の崇高な理論や、コーチングをする際の振る舞い等のエピソードが紹介される。また、理念を強く信じることの意義にも「理念は正しいか正しくないかではなく、そこで働いている人たちが心の底から強く信じられるかどうかが大切なのです(P17)」と触れられる。この際には、マルボロなどのタバコを扱うフィリップ・モリス社と、医薬品会社のメルク(Merck)という対照的な企業が登場。前者は「選択の自由という権利は守るに値する」を、後者は「当初の成功とは、病気に打ち勝ち、人類を助ける事を意味する」を理念としている。
人材の選定は組織運営上の重要事項である。ただし、育成世代に関わるコーチとしては、人材の良し悪しではなく、挑戦すべきミッションがある。
また、理念の部分では『適切な人材』の章(P.22)として『ビジョナリーカンパニー』での「誰をバスに乗せるか」が紹介される。
理念に基づいた組織を運営する上で、人材の選定の重要さを実務的な部分で説明をすると同時に、価値観の形成過程である育成世代と接するコーチとしての美学や強い意気込みが語られている。
B.LEAGUEのユースチーム、及び、地域のジュニアクラブが充実してきた昨今でも、多くの育成世代の選手は、自分の地域のミニバスや進学先の部活動に加入するケースが多い。
コーチも、選手も、自分の意思でチームを選択できるのは稀である。本書の該当部分は、読者に大きな示唆を与えるのではないだろうか。
理念以外には、「責任」・「信頼」等でP.64『口に出したことは必ずやり遂げるという責任感』P.40『言葉に責任を持つ』など、同社の経験談に基づき、示唆深い内容が紹介されている。
自らもコーチであり、企業というチームを運営する実践者である。書籍の特徴は、記載されている内容に、著者の魂の息吹が感じられる事だろうか。知識や考え方として紹介されている事、示唆する事に加え、コーチや大人が絶対に考慮すべき事として主張されている事などが織り込まれている、と感じる。
視点② ピラミッドの位置関係に着目して読み込む
視点の2点目は、位置関係に着目することである。ジョン・ウッデンの成功のピラミッドと同様に、「チームマネジメントのピラミッド」では、各因子の位置関係が非常に重要になる。ま相関関係が分かるからこそ、チームビルディングを検討する際に踏むべき順序や手筈が理解できた。何点か、位置関係から重要な項目を記す。
一つは、ピラミッドの礎となる両コーナーに位置する「理念」と「規律」である。選手一人一人の成功に必要な指標を示したジョン・ウッデンの成功のピラミッドでは「勤勉」と「情熱」が同じ場所に位置する。また、ウッデン氏は、成功のピラミッドを作り直したとしても、この場所は変えないと断言されている。
ここが外れると、ピラミッドは成立しない。鈴木氏は、「偉大な組織に共通する条件は規律である(P.80)」と断言しつつ、理念を達成するために、規律が存在する事を示すことが重要である旨(P.80)、若いコーチが陥りがちなケース(P.92)とも関連し、規律に関して踏むべきステップのアイデアを提唱する。
また、時代背景を踏まえ、表面的な規律以外にも目を向ける。例えば、ジュニアクラブチーム等では、部活動とは異なり、各選手の日中の活動状況も異なる。学校行事、または交通事情などの都合、時間厳守が難しいケースもある。その場合には、時間に関する別のルールを設け、組織の中に規律を組み込むことを提示。同時に、『規律を徹底する事を恐れない』(P84)にて、ジョン・ウッデンの事例が紹介されていく。
日本バスケットボール学会サマーレクチャーに東海大学男子バスケットボール部の陸川章氏が登壇した際にも似たエピソードが紹介されている。同氏は、ダニエル・キムの組織の成功循環モデルを引き合いに、バッドサイクルとグッドサイクルについて下記のように紹介する。
①バッドサイクルについて
「最初に、結果の追求から入ってしまう。昔は、我々もそうでした。行動の指示、思考の強制、信頼関係の悪化に繋がる。それらが積み重なると、ああしたい、こうしたいという、自らの意思に基づく行動が無くなる(主体性が無くなる)。
その結果、モチベーションの低下、思考の停止が起こる。その先には、全て他人や環境のせいにするマインドや、責任逃れをするマインドになっていく。
その為、選手には、まずは関係性の質を求めよう、と呼び掛けた。マザー・テレサの言葉「愛の反対は、無関心だよ」と伝えた。その上で、グット・サイクルについて考えた。
②グットサイクルについて
関係性の質を高めることを考える。お互いに関心を持ち、認め合い、信頼関係が構築される。関係性の質が高まると、チームの中に心理的安全性が生まれる。
心理的安全性とは、雰囲気が良いとか、仲が良い、居心地が良いだけではない。本当の心理的安全性とは、メンバーが対人関係においてリスクのある行動をとることに不安が無く、活発に関係しあえること状態である
選手同士が、安心して、活発にコミュニケーションがとれる状態になる。そうすると思考の質が高まります。発想の枠が広がり、良いアイデアが生まれ、当事者意識がうまれるといわれています。
また、そうすると、行動の質は、自発的、積極的になり、失敗を恐れずにチャレンジするようになる。
成功循環モデルの中で、唯一コントロールできないのは結果の質である。関係性の質、思考の質、行動の質はコントロールできる。これらを良いものにしていけば、おのずと、結果の質は変わってくる、と信じています。」
(引用終わり)
環境に理念を反映させる。時を告げるのではなく時計を作る。
次には、横に並ぶ「理念」と「環境」である。鈴木良和氏は、選手やチームのメンバーが日々を過ごす環境にこそ、理念が反映されている必要性を強調。理念が、組織運営上の仕組み等で組み込まれているからこそ、理念が滋養され、効果を発揮するというわけである。バスケットボールのチームであれば、チームのルール、日々の練習ドリルでの工夫、選手起用等になるだろうか。
『ビジョナリーカンパニー』や、鈴木氏のGSLインタビュー等でも「時計を作るのではなく、時を告げる」と表現されている。下記のインタビューより。
文化というのは、徐々に浸透していくもので、一朝一夕で出来上がるものではありません。時間をかけて浸透させていかなければならないのですが、「時を告げると時計を作る」の違いを生かします。
ある町にいま何時何分かを正確に答えることができる人がいたとして、その町はその人に「今何時何分ですか?」と聞くことで正確な時間を知ることができました。
ところが、その人が亡くなってしまった日から、その町は正確な時間を知ることができなくなってしまいました。別なある町では、正確な時間を知るために時計を開発した人がいました。その町は、ずっと正確な時間を知ることができました。
ここでいう時を告げるというのは、バスケットボールで言えば「ボックスアウトをしろ!」「フォロースルーを残せ!」というように指示してやらせる方法のことです。これで選手の行動を変えると、その時は正確な時間を知ることができるのと同じように、目的の行動を引き出すことができます。
しかし、時を告げる人がいなくなったら正確な時間が分からなくなるのと同じで、言ってくれる人がいなくなったり、言われなくなってしまったら目的の行動も引き出せなくなります。
時計を作るということはシステムを作るということです。仕組みを作るということです。ボックスアウトしなければ終われない練習にしたり、フォロースルーを残していたら得点がプラスされるシューティングをしたりというように、その仕組みが機能している間はずっとそのことを意識させることが可能になります。
本書でも、スポーツチームの事例に基づいて丁寧に説明されている。また、理念と環境は、その上に位置する「分析」へも大きく作用する。分析と「環境・理念」との相関性は、第4巻で丁寧に説明されていく。
また、コンディショニングも、位置関係という視点から奥深い哲学が紹介されていく。コンディショニングは、責任の上に位置する。チームへの責任や、自分自身の成長への責任という観点からコンディショニングを考えるという視点であり、示唆に富んでいる。
まとめ。「コーチ、選手がコートに立っている時間も人生の一部。それらを充実したものに」
書籍が出版された、約5年が経過し、2022年となった。社会の変化、バスケットボール界には大きな変化があった。U12、U15、U18、U22、B.LEAGUE、WJBLに至るまで、各選手のキャリア展望に基づき、選手が各世代のチームに求めるものや、入団する際に重視する事柄も多様性に富むようになった。最近では、数か月前にも、2024年パリ五輪を見据え、河村勇輝選手がプロへの転向を表明したことが話題になった。そのような時代の中で、本書籍は、チームとしての理念を考える際に、ヒントになるはずだ。
30周年ビジョンとして『他のジュニアスポーツの指導者、連携、提携をする』
また、株式会社ERUTLUCは、30周年ビジョンとして『他のジュニアスポーツの指導者、連携、提携をする』と掲げている。
書籍は、名称こそ、『バスケットボールの教科書』という名称になっているが、第3巻(そして第4巻)は、他競技の関係者にも汎用性の高い書籍であるはずだ。バスケットボールに限らず、他の競技の人の目にも触れることを祈っている。
さて、現在、鈴木良和氏は、日本バスケットボール協会指導者養成委員会、及び、同技術委員会・ ユース育成部会にも所属。2020年12月下旬には、JBAコーチカンファレンスにも登壇。講義の終盤、ご自身の指導哲学として下記のようなコメントを紹介されている。
「私は、人生は時間で出来ているという人生観を持っています。また、それは有限であるという事を強く意識しています。コーチがコートに立っている時間も人生の時間の一部です。そして、そこにいる選手たちの人生の時間を預かっています。だからこそ、その時間が価値ある時間になる為にも、コーチは学び続けていかなければならないですし、私自身も学び続けたいと考えています。
コロナ禍でスポーツ界も難しい状況が続いています。皆様の周りにも大変な事が沢山あると思います。そんな時でも、スポーツを指導するというコーチが担う役割を、未来に誇れるような役割にしていき、子供たちの未来を一緒に作っていきましょう」
鈴木良和氏は、『世界で最もビジョナリーなコーチチームを作る』を理念とし、また、組織のメンバーが過ごす時間の充実も念頭に入れ、各種の制度設計や、組織設計をされている。勿論、上記のように、選手が過ごす人生の時間にも思いを馳せている。
小手先のテクニックや机上の空論ではなく、自分自身、そして関わる人の人生の時間を充実させるという想いから学び、考察され、導き出された哲学は、多くの人の参考になるはずだ。
本シリーズは、コーチとしての誇り、美学に触れる第4巻へと続いていく。
この記事の著者
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1982年生まれ。埼玉県草加市出身。株式会社アップセット勤務の傍ら、ゴールドスタンダード・ラボの編集員として活動。クリニックのレポート、記事の執筆・企画・編集を担当する。クリニックなどの企画運営も多く手掛け、EURO Basketball Academy coaching Clinicの事務局も務める。一般社団法人 Next Big Pivot アソシエイトとして、バスケを通して世界を知る!シリーズ 第1回セルビア共和国編では、コーディネーターとして企画運営に携わりモデレーターも務めた。 J SPORTSでB.LEAGUE記事も連載中。
宮城クラブ(埼玉県クラブ連盟所属)ではチーム運営と共に競技に励んでいたが、2016年夏頃に引退。HCに就任。これまで、埼玉県国体予選優勝、関東選抜クラブ選手権準優勝、関東クラブ選手権出場、BONESCUP優勝などの戦績があるが、全国クラブ選手権での優勝を目標に、奮闘中。