【吉田修久氏インタビュー③】日米のトレーニング環境の違いとこれから取り組むべきこと

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大変長らくお待たせしました。サンアントニオ・スパーズでアスレティックパフォーマンスアシスタントを務めた吉田修久氏のインタビュー。昨年4月に第一弾、6月に第二弾を公開してから、ようやく第三弾です。まだ読んでいない方は、下記よりご覧ください。忘れてしまった方ももう一度おさらいをしてみましょう。

【吉田修久氏インタビュー①】コアトレに対する誤解とトレーニングの本質
【吉田修久氏インタビュー②】コアトレの基礎とトレーニングの実践

第一段、二段によって、バスケのコーチも理解するべきトレーニングの基本的な考え方が理解できたかと思います。下記からの第三弾では、日米の違いを取り上げます。この内容が皆さんの現場に役立つものであれば幸いです。

早速ですが、身体の面での日米のトップ選手のレベルの差はどの程度あると考えられますか?

基本的な運動能力の筋力やパワー、スピードは全体的にやはり差はまだまだあると思います。トレーニング量や質(強度やそのプログラム)、取り組み方が残念ながら根本的に違う気がします。一言で言うなら、スタンダードがアメリカの方が高い感覚がありますね。

(それに近づくための)第一段階としては、筋力やパワーなどのパフォーマンスのベースを強化する必要があります。また、パワーなどの加速能力が出るようになるとスピードが上がりますが、そうなると、それだけ自身の身体をコントロールする能力、例えばストップなどの減速能力などが必要になります。身体が早く動くほど慣性力が高くなるので、身体がブレやすくなるためです。その慣性力に対して身体を安定させる能力も高めなければなりません。

日本人選手でもスピードが高いレベルにある選手もいると思いますが、そこにコンタクトの激しさや、NBAや世界レベルのゲームで要求されるパワーやスピードの中で、自身をコントロールできるかどうかを考えていかないといけません。例えば、フルスピードからのストップやそこからのジャンプ、またはチェンジオブディレクション(方向転換)を、パワフルにかつ安定的にコントロールしながら、より質の高いパフォーマンス出せるかどうかということです。そのためにまずは、筋力やパワー、スピードなどの全体的な出力を強化し、そのうえで減速のための身体の使い方や、減速から加速への能力(リアクティブストレンス:Reactive Strength)などへのアプローチが必要になってくると思います。

それはトレーニングで埋められるものなのか、それとも生来のものなのでしょうか?

それは十分鍛えることが可能です。トレーニングでも変えられますし、世界レベルのスタンダードが高い環境の中に身を置いて、その中で覚えていく選手もいます。様々な方法があると思います。まず必要なのはアウェアネス、認識することです。じつは能力は備わっていても、パフォーマンスとして出せていない選手は、アウェアネスの問題です。そういう選手は意識すればできるようになります。それでもできない選手は、身体の能力不足ですので、トレーニングの必要性を感じて、そこからトレーニングをしていくことになります。海外の大学や高校、もしくはプロリーグで活躍する選手の多くは、まずそこに気づき、トレーニングや強化の必要性を提起している人が多い。このプロセスを通っているのです。

そもそも筋肉の質や割合が違うとか言いますが、これの影響度はどれくらいのものでしょうか?

確かに遺伝の影響はありますし、それがパフォーマンスに大きく影響するのも研究などで証明されています。ただそれが100%埋められない差かといえば、絶対にそうではありません。個人のプレースタイルにあった目標を設定して、その為の正しい方法でしっかりとトレーニングすれば身体は必ず変わります。そういった意味でも、競争があり情報もあるスタンダードの高い環境に身を置く、もしくは自分で設定をして環境を作っていくことができれば、チャンスは誰にでもあると思います。

私の経験した、NCAAやNBAは、その中でも練習やトレーニングに関して質も量も想像以上に高い。施設や時間の環境ばかりではなく、取り組み方として、もし同じ環境を日本でも作り出せれば、日本のレベルは確実に上がります。つまりはスタンダードの違いでしょうか。

しっかり正しい方法でのトレーニングはどのようにしたらよいのでしょうか?

まずは、正しい取り組み方を指導してくれる方が現場にいるのがベストです。パフォーマンスコーチや専門家からアドバイスやプログラムを提供してもらえる環境を整えるか、自分で求めていくか。もう1つは、トレーニングにも色々な方法論があるので、一つのアプローチやトレーニング方法(例えば、先に出たコアならコアだけ)に終始しないことです。

それに意味がないとは言いませんが、コアをトレーニングしながら動きをトレーニングして、筋力やパワーを上げていくといった、多角的なアプローチや、しっかりとした理論に基づいたプログラムを実施して、徐々に次のステップに繋がるように行うということです。最初の段階としては、正しいスクワットなどの基本的な動きで筋力やパワーを出せることが、次のステップへのベースになると考えておくと良いと思います。

次のステップというとファンクショナルとか、吉田さんがスパーズで取り組んでいたムーブメントといったスキルですか?

ベースができたらそれを生かすためのトレーニングとしてムーブメントの強化と効率化をしていきます。実際のバスケットの動きというのはボール持ってドリブルしたりディフェンスしたりという複雑な動きなので、その前段階のより単純化した動きのトレーニングを行います。バスケのパフォーマンスに必要な動きを、それぞれのより細かい動きや要素(筋力、スピード、身体の可動性、安定性など)に分解して、選手やチームそれぞれの目的にあったトレーニングをしていきます。パズルのピースを作る様な作業です。そういった分解した動きや要素を、ボールを持たない状態で強化していき、徐々にパズルのピースを合わせて、より効果的なパフォーマンスを作ることが、私たちが行っている動きのトレーニングということです。

例えば寝た姿勢でトレーニングだけをしても、立った状態で同じ使い方ができなければ効果的ではありません。立った状態で上手く使えないのは、つまりはパフォーマンスに繋がらないということです。コアのエクササイズも、そこから動きを作るという流れを作ってあげると、パフォーマンスに直結しやすくなりますね。また、正しいムーブメントでは、関節や筋肉にかかる負担も軽減できることから、怪我の予防や疲労の軽減にもつながります。
具体的なアプローチの例としては、まずスクワットなどの基本動作(ベーシックムーブメント)が正しくできるようになること。これには柔軟性と安定性、姿勢や動き方などを習得する必要があります。次に基本動作で目的に応じて負荷を上げながら、筋力やパワーを出せるようにトレーニングをすること。別の言い方をすれば、より高いストレス(負荷)に対応できるようにする。これらはパフォーマンス向上への土台となります。それらの要素をバスケットで必要とされるムーブメントなどへリンクさせていくことです。目的によって重点を置く能力やトレーニングの順番などに変化をもたせて、効率的なパフォーマンス向上を目指します。

話は戻りまして、日米では動きのスキルの差がどの辺りで現れるのでしょうか?

あまり直接ユース世代を見ることはないのですが、小学校・中学校まではそこまで大きな差はないと感じます。もちろん中には飛び抜けた子がいたりしますが、全体的に見ると、みんなものすごいフィジカルがあるとか、ものすごく跳ぶとかという感じではありませんね。やはり差が顕著に広がり始めるのは高校生くらいからでしょうか。

どうしてそこで差が生まれてしまうのでしょうか?

理由はたくさんあると思います。プレーや動きに関しては、トレーニングの効果もあるでしょうし、NBAなどを常に見られる環境があって、世界最高レベルのプレーを見ながら、それを真似するだけでも大きな違いですよね。良い動きを見て学べる選手(ビジュアルラーナー:Visual learner)もいるでしょう。文化的にトレーニングをすることが美徳であったり、身近にトッププレーヤーの選手がトレーニングしているという環境や実感もある。高校などでも専門のストレングスコーチが質の高いトレーニングをしっかりさせている学校もある。若い世代でも努力している子は日本よりは多いと思います。

あとは身体が変わってくる成長期にどれだけ栄養をとるかも1つ重要だと思います。日本と比べると、エネルギー摂取量が多く(必ずしも良い栄養バランスとは限りませんが)、そこにかかるコストが低い。栄養が足りないと筋肉や身体の発達、さらには回復にも影響を与えるので、練習やトレーニングの質も左右されます。特に、日本の高校生はエネルギーが枯渇している放課後に、さらに走りこむなど、身体を作るという観点から見ると、科学的(運動生理学)にみても非効率的なことが多い。栄養の摂り方をすこし工夫するだけでも、身体はかなり変わってきます。

例えば180〜200cmくらいのガードの選手。日本人が彼らに対抗するためには、どのような身体的スキルが必要なのでしょうか?

基礎的な筋力・パワーは圧倒的に足りていないので、日本全体として、フィジカルの強化をすること。それによってスピードやその他の能力もまた上がってきて、ゲームがまた一つ上の領域で展開できると思いますし、スキルの幅も増えていきます。世界レベルで日本人に多いガードの選手が成功するには、シュート力が非常に大切で、まずこれがないと始まりません。シュート力がある選手でも、そういった試合ではディフェンスの圧力やスピードの高さで、シュートの打てるタイミングが少なくなります。さらには自分でシュートを作り出すことができるかどうか。フィジカルが足りないと、シュートを打つことが難しくなる。つまりはシュート技術とそれを生かすためのフィジカルの両方があってパフォーマンスにつながるということです。

またハードワークをするという習慣をいかに作るかが大事だと思っています。アメリカや海外の選手は遺伝的に、先天的に優れているからという人もいますが、その裏ではものすごくハードワークをしています。ちなみにハードワークというのは、ただ練習の時間が長ければいいというものではなく、練習やトレーニングの質や強度が高いという事です。一時期の日本の様に、とにかく走る練習を延々と長時間行うといったものとは、意味が異なります。目的にもよりますが、短くてもそれだけ強度や質が高ければ、そちらの方がパフォーマンスとしては良い結果が出ると思われますし、疲労やコンディションの面から見てもそちらの方が合理的です。もちろん、走ることはバスケットの基本ですので、走るトレーニングは必要です。ここで提議したいのは、単純に走った時間や量ではなく、何を目的として、どのようなメニューを行うかで、結果が変わってくるということです。例えば、身体を大きくしたい時期に、同時に長時間走るメニューを入れすぎてしまうと、筋肉の発達に逆効果を及ぼします。こういった時期は、走る距離を短く量を少なめにし、スピードやクイックネスなどの質を重視するなどの工夫で、パフォーマンスは変わってきます。

実はハードワーク=努力のレベルが根本的に違うと?

それは残念ながら比ではないと思います。根本的に、競争の激しいアメリカなどでは質の高いハードワークをしないと勝てない状況です。生まれながらにして環境が良く、バスケットボールがうまくて他より秀でていれば、もしかしたらそんなにトレーニングしなくてもNBAやNCAAの強豪チームに入れるかもしれません。可能性としてはあります。ですが、得てしてそういう選手の選手生命は短いですし、より高いレベルで戦っていく中で、身体の重要性に気付いて身体を作り始める選手も多い。それはたとえNBA選手になってからも同じです。

基本的には高いレベルの選手は皆なにかしらハードワークしています。大学でもトレーニングはものすごく激しいですし、練習自体もかなり強度が高いです。アメリカは効率的で合理的な練習だけして、ある意味楽なんだというイメージがあるとしたら、それは大きく間違っています。質以上に量もやっています。これは手法ではなく、やるかやらないかの熱意の差だと思います。夢見る舞台が違う。プロはもちろん、高校や大学でも大きな舞台が用意されているという見返りが大きいというのも、もちろんあるでしょうね。家族の未来を背負っている選手も少なくないですし、皆必死ですよ。

最後ですが、吉田さんが考える、見本にできるようなおすすめの選手はいますか?

理想というのではありませんが、やはり全体的にNBA選手に言えるのは、ドリブルのスキルとかだけではなくて、身体のポジションや動き方を一試合通して観るのも面白いと思います。例えばクリス・ポールがドライブするときに、どういう姿勢を保ってドライブしているのかとか、どういう姿勢になったらミスをしたり、コンタクトに負けて倒れたりしているのかとかですね。

またはケビン・デュラントのドライブとかシュートを打つときの身体のバランスを見たり、足のステップひとつとっても、どういうステップで、一歩でどれくらい移動しているのか、どれくらいのスピードやタイミングでボールをもらってからシュートまで持っていっているのかというところを見るとよいのではないでしょうか。ステファン・カリーも、シュートする瞬間の身体のバランスとか使い方は綺麗で安定しています。いい選手はみんなそうです。それらの動きが、例えばスクワットなどの基礎的な動作から繋がっているものだと直感的にでも感じる事ができたら、トレーニングなどをもっと活用する意識も高まってくれるのではと思っています。

また、NCAAのプレーヤーディベロップメント(選手育成)がしっかりしているチームを数年間追ってみるのも面白いです。NBAへアーリーエントリーしなければ、長いスパンで選手を見られます。大学1年(フレッシュマン)から2、3年目には急激な成長をスキルと身体の両方で遂げる選手も多い。あの選手の身体や動きが変わったことがわかるようになれば、見ている方のアウェアネスも上がり、彼らがどれだけハードワークをしているのか、どこにポイントを置いて強化しているかを感じられるようになると、いつの間にか自分のパフォーマンスに活かせるようになると思います。

吉田修久(nobuhisa Yoshida)
山口県出身。
・資格・学位:MS(科学修士)/NSCA-CSCS(全米ストレングス&コンディショニング協会認定 ストレングス&コンディショニング・スペシャリスト)/ NSCA-CES (全米ストレングス&コンディショニング協会認定コレクティブエクササイズスペシャリスト)
・主な経歴 :株式会社 INSPIRE ATHLETICS 代表取締役。元NBAサンアントニオスパーズ アスレティックパフォーマンスアシスタント。フロリダ大学大学院ヒューマンパフォーマンス修士。オハイオ州立トレド大学運動科学部運動生理学専攻
・選手経歴 :山口県立岩国高等学校 1997年ウインターカップ出場。さいたまブロンコス(当時JBL2、2002.08 – 2004.03)

   

この記事の著者

岩田 塁GSL編集長
元・スポーツ書籍編集者。担当書籍は『バスケ筋シリーズ』『ゴールドスタンダード』『シュート大全』『NBAバスケットボールコーチングプレイブック』『ギャノン・ベイカーDVDシリーズ』『リレントレス』他