全米No.1スキルコーチが伝えていったこと ~ギャノン・ベイカー氏特別クリニックレポート~

GB-report-eyecacheコービー・ブライアント、ケビン・デュラント、レブロン・ジェームス、クリス・ポール、カイリー・アーヴィング、デロン・ウィリアムス、アマレ・スタウダマイヤー、タイソン・チャンドラー、ケビン・ガーネット、マヤ・ムーア。

これらは全て以前に「真に効果的な練習をするための8つのヒント」で紹介した、全米No.1スキルコーチ、ギャノン・ベイカー氏(以下ギャノン)がクリニックを一緒に開催したり、指導したりした選手たちです。今回ギャノンが来日して大阪・愛知・東京と3か所でクリニックを行いましたが、そのうち最終日の東京でのクリニックのレポートをお届けします。

GB-report1
クリニックを受講した選手だけでなく、近隣から多くの指導者が集まったことからも注目度の高さが伺える

クリニックは午前2時間、午後2時間、100人以上の子どもたちが参加して行われ、スキルドリルの数も多く非常に濃い内容でした。スキルドリルの紹介については今回主催したエルトラック様に譲り(ギャノン・ベイカー氏来日特別クリニックレポート①)、本記事ではギャノンのクリニック中の言葉や姿勢から、練習に臨むプレイヤーやコーチに伝えていったことをまとめました。

 

 

 

ギャノンがクリニックの中で見せた、真に効果的な練習をするための8つのヒント

前回の記事「真に効果的な練習をするための8つのヒント」の内容に沿いながら、今回のクリニックの内容を紹介していきます。

1.「異常」な状況を作り出す(abnormality)

1つのゴールに対して左右の両サイドからドライブし、フローターシュートでフィニッシュするドリルがありました。左右のスタートする順番やタイミングは特に気にせず、それぞれがドリルをスタートするため、センターラインからドライブするときに左右からバッティングするような状況が発生します。このような場合には試合中にも想定されるため、子どもたちの判断によってドリブルでステップバックし、再度アタックするように指導していました。

2.「失敗」をさせる(mistake)

午前のクリニックの終わりにアシスタントのディロンからコメントがありました。

自分のコンフォートゾーンから出て、失敗してでもチャレンジしようとしていた子どもは、紫のシャツを着た1人と、黒のシャツを着た1人だけしかいなかった。コンフォートゾーンから出てチャレンジしなければステップアップすることはできないよ

そして午後のクリニックの途中では、ギャノンから同じ内容のことがかなり厳しい口調で語られました。

GB-report2
アシスタントのディロンもギャノンのバスケットボール哲学を体現する1人

「コーチと写真を撮って満足か? 一生懸命やらないというのは、コーチへのリスペクトが足りないということだ。コーチにとっても時間の無駄だ」と挑発し「失敗してもいいから、試合でも使えるレベルを目指すために少しでも強いドリブル、強いパス、しっかりしたフェイク、素早いステップをやっているか?」とかなり厳しい表現でした。それが響いたのか、子どもたちは以降のドリルは目の色を変えて行っていました。

 

 

3.「情熱」を伝える(enthusiasm)

これは恐らく、最もクリニックの中で強調されていたことでしょう。

選手を前向きに、やる気にさせるのはコーチの情熱です。同時にコーチだけではなく選手自身の情熱でもあります。クリニックの最初にギャノンが教えたのはハイタッチとバンプ(ジャンプして体をぶつけあう)でした。ドリルがうまくいけば声を出してハイタッチ! 難しいスキルをやり遂げたらバンプ! 勝つチームほどハイタッチは多いし、選手たちの声で騒がしくない体育館ではすごい練習はできません。厳しい練習が終わればみんなで声を出して祝福し、励ましあい、讃えあうことで次の練習のための自信がつきます。

ギャノンはレブロン・ジェームス、ケビン・デュラント、クリス・ポールの3人だけの特別なワークアウトに参加したことがあるのですが、3人しかいないとはとても思えないくらい大きな声が絶え間なく出ており、それぞれをモチベートし合いながら練習をしていたそうです。

当初ハイタッチを控えめにやっていた子どもたちも、午後の部に入るころには笑顔を見せながら自然にハイタッチをしていました。自分たちなりのハイタッチのやり方を見つけて楽しんでいる子どもたちもいて、子どもたちの順応性の高さに驚きました。

GB-report3

 

4.試合の「準備」をさせる(prepare)

ギャノンのドリルは「練習のための練習」にならないように工夫がされていました。上述したドリブルからフローターのドリルではコーチがコーンの後ろに立ち、左右どちらかに飛び出すので、それを子どもたちはクロスオーバーでかわします。するともう1人のコーチがヘルプとして出てくるのでさらにクロスオーバーでかわします。かなり難しいのですが、このような状況を練習から体験していれば、試合においても慌てることなく対処できることでしょう。

GB-report4
実際に身体を動かして、実演して指導するのもギャノンの特徴の1つ

さらにギャノンは自分がコーチとしてディフェンスに入った場合は、クロスオーバーで抜こうとする子どもたちから容赦なくボールをカットしていました。これは試合でのディフェンスのレベルとそれを抜くためのドリブルスキルのレベルを身をもって体験させていたのだと考えられます。

また試合のための準備はスキル面だけではなくメンタル面でも必要です。ギャノンは練習の説明をあえて早口で行うことで、試合中にコーチからの指示が早口で行われた場合へのメンタル面での備えもさせていました。

 

5.「上達」することを重視する(improve)

クリニックの中でテニスボールを上に投げ、テニスボールが落ちてくるまでの間にダブルクロスオーバーをするというドリルがありました。13歳の子どもがこれを成功させていたのですが、ギャノンはその子を指して「自分(ギャノン)がプロだから出来るドリルだなんて思わないでほしい。トルコ、中東、中国、日本とアジア4か国回ってきたが、13歳でこのスキルをできたのはこの子が初めてだ。この子だってプロになるチャンスがある」と説明しています。場所・環境に関係なく上達するチャンスはあるし、競うべきはライバルではなく自分自身です。

アシスタントのディロンのTシャツには「G.B.E.D」とプリントしてありました。これは「Get Better Every Day(毎日上達しよう)」という意味です。

6.選手に「責任」を負わせる(responsible)

上述のドリブル~フローターの練習のドリルでは待ち時間が発生します。ギャノンはこの待ち時間には「ただ待っていてもうまくならない。待ち時間にはドリブル練習をしろ」と言って、子どもたちに対して責任を明確に与えています。限られた時間を有効に使うのは選手の責任であり、待ち時間にも練習をして、自分の成長に自分で責任を取る姿勢の必要性を説いていたのだと思います。ドリブル練習をする子どもや、できなかったスキル・プレーの確認を仲間としている子どもがいましたが、残念ながら大半の子どもたちは何もせず待っていたように思います。

ウォームアップでギャノンは2つのボールをドリブルしていき、1つをボードにぶつけてその間にもう1本のボールをシュートし、ボードから跳ね返ってきたボールをキャッチしてさらにシュートするという離れ業をやっていました。一度にドリブルもシュートも2倍の練習ができ、さらに跳ね返ってきたボールの行方を把握するための状況判断も必要となり難易度が上がるため、練習としてはとても効果的です。

多くの場合、練習において時間が一番の制約ですが、それを言い訳にせず自分の責任で時間を有効活用し、自分の成長に自分で責任を持つことをギャノンは体現していました。

7.「忍耐強く」あれ(patience)

前回の記事の本項では「これが最も重要で、最も『徹底できていない』部分かもしれません。自分にできることができないことで、簡単に諦めたり、見限ったりしないでほしいと思います。それはまた自分自身に対しても同様です。」と書いてあります。

GB-report5
通訳の水野氏(写真右)をはじめとした、主催であるエルトラックの優秀で情熱溢れるコーチたちのサポートがなければ、このクリニックの成功は成し得なかっただろう

この点で今回クリニック全体をサポートしてくれたエルトラックのコーチ陣は、コーチとしての素晴しい見本を見せてくれました。ギャノンの説明を真摯に聞き、100人を超える子どもたちに対して、失敗する子どもをフォローしながら粘り強く子どもたちにドリルを実施させていました。エルトラックのコーチがドリルのデモを担当するときには、難しいスキルに一度や二度は失敗しながらも忍耐強くやり遂げ、最後にはギャノンとバンプで祝福するという情熱を見せてくれました。

ギャノンもクリニックの最後で「30か国以上クリニックをやってきたが、その中でもベストのコーチ陣だ」と最上級の褒め言葉を送っていました。

 

8.人生の「土台」を作る(basis)

次の言葉は練習の最後にアシスタントのディロンが総括として子どもたちに伝えたことです。

君たち13~15歳の年代は一番大切な時期だ。なぜならこの時期の習慣が一生の習慣を決めるからだ。最後の1つのドリルを諦めて今日やるべきことを先送りすると、この先諦めてしまう習慣を作ることになる。毎日その日の練習に全力を尽くしたか、自分で評価(Self-Evaluate)してほしい

ギャノンがコービー・ブライアントとランチしているときに「偉大さとは何か?(What’s greatness?)」をコービーに聞いたところ、「とてもシンプルだ。その日やるべきことを毎日一生懸命やるだけだ。(Do what you do, work hard every day)」と答えたそうです。

その日やるべきことを毎日着実にこなしていくことがバスケットボールの上達につながりますし、人生においても物事を積み上げるための大切な土台となることを改めて知らされました。

練習を一生懸命やること(work hard)と楽しむこと(have fun)と成長のためのサイクル

上記8つのヒントのほかにギャノンがクリニックの中で何度も何度も口にしていたのは「一生懸命やること(work hard)」「楽しむこと(fun)」です。

練習は、個人スキルであれば1つのドリルが1分弱、列を作って行うドリルでも2分~4分で行われ、次から次へと新しいドリルが紹介され、理解することもドリルを実行することも高い集中力が必要とされるハードなものでした。

午前中の練習の最後にはレブロン・ジェームスがやっている「8分間足を一回も地面につけない体幹トレーニング」も行われました(時間は4分間に短縮)。練習の最後で一番体がきつい時間帯ですが、ギャノンは「体にはきついが痛さで死ぬことはない。これをやりきる意思(Head)と心(Heart)が必要だ」と言い、子どもたちを鼓舞して輪の中心でこのトレーニングを行いました。

一方で厳しいドリルをひたすらやるだけではなく、ドリルを楽しむ方法も同時にギャノンは提案していました。成功数を数えさせ競争心に火をつけたり、高得点者にシューズやTシャツをプレゼントするチャレンジのチャンスを与えたり、音楽をかけながらドリルをしたりと子どもたちがドリルを楽しめるように仕掛けていました(中でも「リズミックスキル」という音楽に合わせてドリブルやステップをするものは楽しく、NBA選手にも評判がいいようです)。

「熱意を持って(enthusiasm)、練習を一生懸命楽しみながらやり(work hard & have fun)、上達し(improve)、それによって子ども自身とチームメイトのモチベーションを高める(motivate)。このサイクルにうまく入れるように子どもたちを動機付け、メニューを組んでいくことが、子どもたちのバスケットボールにおける成長を促す重要なコーチの役割である」、ということを、ギャノンは圧倒的な熱意と卓越した技術で示し、日本の参加者に強烈なメッセージとして残していったのではないでしょうか。

   

この記事の著者

斎藤 千尋ビジネスコンサルタント
1980年生まれ、石川県金沢市出身。
製造業・流通業・ITサービス業を中心に戦略構築、業務改革、IT戦略立案・導入支援のコンサルティングを手がける。年々勢いを増すNBAのビジネスに興味があり、日本のバスケットボールのビジネスの参考にと個人的に調査・研究を開始。特にNBAの最新のIT技術・ツールへの取り組みには注目している。

◆寄稿コラム
・INSIDE NBLコラム「バスケットボールビジネスのトレンド」
・NBA.co.jpコラム「[斎藤千尋コラム第1回]SportVUのトラッキングデータが広げる可能性」
・NBA.co.jpコラム「[斎藤千尋コラム第2回]"切り口"を提供するSportVUトラッキングデータの活用例」

◆個人ブログ 『NBA in ビジネス』http://nbainbusiness.wordpress.com/