【コーチKの言葉から読み解く】ハヤブサジャパン強化の鍵

Japan basketball national team 20130629

バスケ関係者の方ならもうご存知だと思いますが、長らく空席だったバスケットボール日本男子代表の監督に、元青山学院大学バスケットボール監督の長谷川健志氏が就任するとのニュースが流れました。

男子日本監督に長谷川氏=元青学大監督-バスケット(時事ドットコムより)

長谷川氏は学生バスケ界では名将として知られ、選手育成の部分も含めて近年特に目覚ましい成果を挙げてきましたが、旧JBLを含むNBLなどのトップ(プロ)リーグでの監督経験はありません。またこの部分が世界と戦う上でネックになるのではないかと危惧される部分もあるかもしれませんが、同じような境遇でありながらもアメリカ代表をオリンピック金メダルに導いた、コーチKことマイク・シャシェフスキー氏の言葉から、我らがハヤブサジャパンが世界へと大きく羽ばたくためのヒントを抜き出してみましょう。そしてその中から、皆さんのチーム作りのヒントを見つけていただければうれしいです。

信頼と誓約

コーチKがアメリカ代表に就任する際、最も重要な役割を果たしたのは、コーチKの友人でもありアメリカ代表の最高責任者であったジェリー・コランジェロ氏でした。ゴールドスタンダードの『あなたの同志を見つけ出すための時間』で、就任以前、コランジェロ氏から電話を受けたコーチKは、「まさか自分がヘッドコーチの候補になっているとは思いもよらなかった」と記しています。

そのような心情の中、コーチKが何故この重責を負うことを決心できたかについて、以下のようなやりとりが大きな理由であることが読み取れます。

その食事の中で、私はジェリーに質問をした。バスケットボールのアメリカ代表チーム再建の指揮を執るという、ジェリーが負っている職務についてだ。「君は既にキャリアの中で数々のことを成し遂げてきたけど、今回の件は、ある種リスクを伴う仕事だ。何で君は引き受けようと決心したんだ?」。

そのときの彼の答えは一生忘れられないものだった。「私はバスケットボールを愛しているし、バスケットボールは常に私にとって大事なものだからだよ」と私に言った。「私たちはバスケットボールに借りがある」。その通りだ。バスケットボールは私にとっても彼にとっても本当に大切なものだし、実際、私たちが完全には恩返しなどできないほど素晴らしいものなのだ。

監督・コーチであろうとも、孤独で、重責を1人で負う必要はないのです。このときコランジェロ氏とコーチKの間にある、アメリカ代表を率いるという大仕事に対して共に歩むことができるという「信頼」が確固たるものになったのだと感じられます。

リーダーシップというものは孤独なものになり得る。しかし、同好の士を見つけることによって、また自分の中にある最高のものを引き出してくれる人々に周りにいてもらうことで、その孤独と戦うことができると私は信じている。ジェリーと私はお互いの最高のものを与え合った。

さらに重要なこととして、この会合が行われたのは2005年。コーチKが託された任期は3年後の2008年北京オリンピックまでという「誓約」がありました。その間にあった2006年の日本で行われた世界選手権では3位に終わっています。しかしチームは確実に良い方向に向かっているとして、監督が代わることはありませんでした。ここで新たな監督を招聘したとして、2008年の栄光が得られたかの確証はありません。監督を指名した最高責任者と、当の監督の間の信頼やコミュニケーションの重要性が見てとれます。

そして誓約は、彼らだけの間だけでかわされたわけではありませんでした。当時のアシスタントコーチであったマイク・ダントーニはこのように述べています。

「あなたは人々を一つにつなぎ留めなければならないし、彼らに誓いを立ててもらう必要がある。それは成功を保証するものではないが、最低でもチャンスは保証するものだ」。

彼らとは選手のことで、アメリカ代表ともなれば誰もが超一流であることは間違いありません。しかしそれでも勝てなかったのは、「不備があったのは私たちの現状のシステムであって、選手たちではないと信じていた」とコーチKは述べています。彼らが選手に求めたのは、能力と同時に「高いスタンダード」でした。高いスタンダードとは何か? これが垣間見れるエピソードを紹介しましょう。

その中でもマイケル・レッドとの面談が特に素晴らしいものであった。マイケルは、所属チームのミルウォーキー・バックスで練習を終えた後、シカゴでジェリーと会うために直接車で駆けつけた。彼はミルウォーキー・バックスでスターターとして1試合20点以上の平均得点を記録していた。ジェリーがドアのノックに答えたとき、マイケルはガーメントバッグを肩に掛けており、練習着を身にまとった姿だった。ジェリーと握手をすると、マイケルは「お手洗いを貸してくれませんか?」と聞いてきたという。そしてマイケルが何分か後に姿を現したとき、彼はスーツにネクタイをしていたのだ。「さあ、準備ができましたよ」と彼はジェリーに言った。

オリンピックに出場したところで、選手に金銭的な報酬は支払われません。そして彼らが受け取る報酬は「人々の憧れになること」であり、そのためにチームの一員になることを心から望んでいることを示した例で、コーチKの言葉を借りれば「マイケルは、自分が心から望んだ職務に対して正装を身にまとうという仕方で示した」ということです。

どこまでが「チーム」なのか?

「支援体制を形成するための時間」に場面を移しましょう。チームとは監督と選手だけの集団を指すのでしょうか? 先に述べた監督を指名する立場の責任者やマネージャーをはじめとするサポートスタッフなどは間違いなくチームといっていいでしょう。しかしひょっとすると、それよりももっと広い範囲に、チームの仲間はいるのかもしれません。

最高のパフォーマンスをするために、チームに属する全ての人は、彼ら自身の個別的を作り上げる様々な関係も必要としている。それは、友人であったり、家族であったり、スタッフであったり、同僚たちであったりするかもしれない。とりわけリーダーには、この支援体制が必要である。何故なら、リーダーはいついかなるときでも全身全霊を投じなければならないからだ。あなたの後ろに強力な支援体制があれば、あなたは自分のチームやそこでやっている任務によりいっそう没頭しやすくなるだろう。

考えてみれば当たり前かもしれません。選手や監督にとっても、バスケットボールに没頭できるのは家族の支援があってのことでしょうし、いつも勇気付けてくれる友人がいれば大きな力になるでしょう。私としてはすでにプレーする立場ではなく応援する側ですので、選手やチームを応援していることをいかにはっきりと示すかが重要なのではないかと感じます。北京オリンピックの最中にはこんなエピソードがあったようです。それはコーチKの本職であるデューク大学のアスレティックディレクター(要は偉い人)のケビン・ホワイト氏が、大会中にこっそりと訪れていたそうです。

「アスレティックディレクターがそこにいましたよ」と私がバスに乗っているときに教えてくれたのはショーン・フォードだった。そこでショーンはケビンに、チームのミーティングルームで私と話してもらうように勧めてくれた。しかしケビンはショーンにこう返した。「それは駄目だ。コーチKは自分の仕事に集中しなければならないだろ。私は彼を煩わせたくない。ただ、コーチKに私がこっちにきていると伝えてくれればいいよ」。ケビンは、私が彼がきていることに気づいてもらうためにそこにきたわけではなかった。彼はデューク大学を代表してそこにきて、私たちの目標のためにサポートをしてくれた。

信頼、長期的な誓約と計画、そして周りのサポート。正直に言って、いずれも今までの代表に欠けていたように思えます。バスケットボールを愛する人間の1人として、代表が世界と戦える誇りあるチームになることは悲願です。それは多くのバスケキッズたちにとっても重要なことだと感じています。そのために、こうした先人の知恵を参考にするのも必要なのではないかと感じています。

また皆さんにとっても、自分のチームに取り入れられる知恵であれば、ぜひ活用していただきたいと考えています。

引用:全て『ゴールドスタンダード 世界一のチームを作ったコーチKの哲学』マイク・シャシェフスキー著、佐良土茂樹訳(スタジオタッククリエイティブ、2012)

※執筆当初には出ていなかったニュースがこちら長谷川新HC「職務をまっとうしたい」 男子バスケ日本代表 新HC就任会見

この記事の著者

岩田 塁GSL編集長
元・スポーツ書籍編集者。担当書籍は『バスケ筋シリーズ』『ゴールドスタンダード』『シュート大全』『NBAバスケットボールコーチングプレイブック』『ギャノン・ベイカーDVDシリーズ』『リレントレス』他